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第3話

忙しなく床を歩く音と殴る人影。男が罵倒する…… 「貴様……俺のものに触りやがって!」 「……す…すみません! ぐはっ! すみません! 拓斗様……ぐうっ!」 「あの時、助けてやっだろう? それともまたボコボコにされたいの?」 「ぐぁっ!……拓…斗様お許し…下さい……」 「触るな! 変態!」 蹴られて男が床に転がり動かなくなった。 「……んっ……」 あの夢と同じ匂いがする。果実の酸味の匂いい…… 「やあ……お目覚め? 兄さん。ごめんね躰の自由が利かないだろうけど、暫くしたら元に戻るよ」 薄暗い室内は、壁一面に蝶の標本が飾られていた。俺が知ってる「カラスアゲハ」だ。光の加減でビロード状の翅が玉虫のように色が変化する。 「安心して、ここあの変態の部屋だから」 拓斗? いや、違う…… 「タ…クト……」 「覚えててくれた? あの時のタクトだよ。本当、あいつを殺せ! って言うんだもの。怖い弟だよね」 確かに拓斗なのに仕草も言葉遣いも全くの別人…… あの時、拓斗から生まれたタクト。俺しか知らないもう一人の人格…… 「俺に気付いてるのか、あんたを不安な目で見てるよ。俺はいつバラされるかヒヤヒヤしてたんだけど」 嘘付け! その顔で下品な笑い方をするな! 「兄さんはなんで変態ばかり寄せ付けるんだろうね。爺さんが開斗は私の初恋の人に似てるんだって…偶然、知っちゃったんだよね……実弟だって血は争えないってやつ?」 「や…めろ……!」 「こいつは西野のを殺したい程憎んでるよ。兄を汚し、その感覚を今でも心と躰が覚えてるなんて許せないって…でね思ったんだ。上書きすればいいって……」 「な…に言って……」 拓斗が俺の躰に触れる。服越しに拓斗の肌の温度が伝わり息を呑んだ。その手はシャツを手繰り寄せ肌に直接触れる。 「やっ! 嫌だ!」 「俺達の母親、元々ベータだったらしい。特異体質でオメガになったって。もしたら兄さんもそうかもしれない。妊娠しちゃうかな……」 止めろ! 拓斗にキスをされ驚いた俺は、口の中のものを飲んでしまった。触れられた箇所が一気に熱くなる。 「痛くしないから、すぐよくなるよ」 止めてくれ……! 無理矢理欲情させられた躰。抵抗する言葉とは裏腹に、躰の熱が上がっていく。動かない脚を開き高く持ち上げ、拓斗は足首に唇を這わす。 「嫌…だ……! 拓…斗!」 「ずっと…実兄をズリネタにしてたんだぜ…こいつ変…態だな。感じてよ…あんなの忘れてさ……」 「止め…ろ! 拓斗……! い…や…だ!!」 目覚めたのは俺の部屋だった。赤い目をした拓斗と目が合い、慌てて起き上がった。 「ねぇ……何があった?」 拓斗の意識が戻った時、知らない部屋で西野は暴行を受けて意識がなく、俺はベッドで眠っていたと言う。 「兄さん、誰にヤられた? また西野?」 「違う! 俺が……気分悪くなっただけだ」 「嘘だ! 俺…兄さんに何かした?」 首を横に振り否定する俺を見て、また拓斗が泣き出した。拓斗が俺に触れようと手を伸ばす。その手を反射的に避け、震え出した躰を抱きしめた。 「出てってくれ!」 悲愴な顔をしたまま動かない拓斗に、もう一度叫んだ。 「出てけ!!」 拓斗が走って部屋を出て行った。躰に残る感触に吐きそうになるのを必死に耐えた。 おまえ(タクト)に犯されたなんて言えないだろ! 「……畜生!!」 俺は祖父に「拓斗と一緒にいれない」と言い、一人暮らしをしている親戚の家へ転がり込んだ。そこから学校に通い、拓斗とは別の大学に進学した。 それから数年後―― 留学した俺は拓斗とはあれ以来会っていない。「祖父の誕生日は帰りなさい」と両親か言われていたが、何かと理由を付けて帰らなかった。 今日はよく晴れた休日、留学先の家族と公園に来ていた。遠くの方で、青い蝶が飛んでいるのを見たような気がして目を凝らした。 ここは青い蝶「オオルリアゲハ」生息地だ。 「Hey! カイト!」 「I’m coming! 今行くよ!」 そういや…あの日もこんな天気だったな…… 「開斗! 俺が幸せにしてあげるよ!」幼い拓斗が笑うのを思い出した。 そう逃げてばかりいられない。俺の逃避行も終了間近だった。 どんな顔して会えばいい? 青い蝶が飛んでいた方に目をやる。黒い蝶がゆっくり木々の間を飛んで行くのが見た。

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