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3 記憶のぬくもり

 頭が痛い──  またいつもの偏頭痛に襲われる。こうなるともう、何もやる気が起きなくなってしまう。これから買い物に行き店に寄って……と、やろうと思っていたことを考えると余計に億劫になってしまった。それでも面倒ながらもどうにか薬を飲み、買い物に出かけた。  近所のスーパーに入り、必要な物をカゴに放る。店内を歩きながら来月からの家賃の値上げを思い出し、頭痛の原因はこういったストレスからも来るのでは、と溜め息が出た。  もう少し寝てから出ればよかったかな、とぼんやりする頭で考えながら買い物を続ける。元々頭痛持ちで体調が悪くなるのはよくあることだった。それでもいつもよりだいぶ調子が悪いのは明らかだった。今日は店に向かう前に一旦家に戻り、風邪薬でも飲んでおこうと会計を済ませた。  フラフラするのを誤魔化しながら自動ドアを抜けると、外の眩しさに眩暈に似た感覚に見舞われどうしても足元がふらついてしまう。あっと思った瞬間、誰かが俺を支えてくれた。 「大丈夫ですか? 具合悪いんじゃ 」  心配そうな顔をして俺の事を覗き込む男。不思議とその顔に見覚えがあった。 「………… 」 「ちょっと、聞いてます? 大丈夫ですか?」 「あ……すみません。大丈夫です」  見た事のある顔。それでもどうしても誰だか思い出せなかった。いつまでも俺の腰を支えているこの男の顔を、俺はジッと見つめる。酷い頭痛と目眩でなかなか言葉も出てこなかった。 「さっきから見てましたけど、あなた熱でもあるんじゃ……」 「えっ?」  不意に男の手が俺の額に押し付けられ、驚いて咄嗟に手で振り払う。 「あっ、すみません! 馴れ馴れしかったですよね……でも、ほら! 熱、あるじゃないですか。どうりでフラついてたわけだ」  さっきから見ていた、という男の言葉が引っかかる。店内にいた時から今までずっと見られていたのかと思ったら、警戒しないわけにはいかなかった。 「心配なので俺、家まで送りますよ?」 「いやいや、それは……」    知らない奴にいきなりずっと見ていた発言をされて、ホイホイ家まで送らせるほど俺は不用心な人間ではない。 「いや、大丈夫です。ありがとうございました」  俺は男の腕から逃げるようにして家に帰った。  どこかで見たのか、会ったことがあるのか。自分より少し若いその男の様子を思い返すも、結局思い出すことはできなかった──  とりあえず、風邪薬を飲んで少しだけベッドに横になる。こういう時は決まって人恋しくなってしまうのが独り身にとっては辛いところ。  心細さで不安になる……  俺はこの先ずっとこんななのだろうか。ぐるぐるする頭を抱え、布団の中で丸くなった。  あいつはこういう時、黙って背中から抱きしめてくれたっけ。今でも耳元で「大丈夫だよ。俺がいてやるから安心して寝てろ」なんて、そんな優しい声が聞こえてしまう。  いつ消えてしまうかわからないこの記憶の温もりに、俺はいつまで縋って生きてくのだろう。  そんな事を思いながら、俺は小さな溜め息を吐き少しだけ眠った。

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