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7 久々の客

「最近純平さん、来ないですね」  横で元輝君がグラスを拭きながらボンヤリと呟いた。確かに少し気にはなっていたけど、「そうだね」と適当に返事をする。常連になるかな、と思っていたので少し残念。まあ、そのうち来るだろう、とあまり気に留めず何日か過ぎた。 「よっ! 久しぶりだな。元気してるか?」  満面の笑みで店に入ってきたのは陸也(りくや)だった。  そう、かつての俺の思い人──  一年以上も前に思いは散っている。現在進行形じゃないから、もうどうって事はない。心は元気だ。たまに弱っている時は恋しくなるけど…… 「あれ? 今日は一人なの?」 「一人だよ。なんか言い方冷たくね? 今日は寂しいんだよ。俺の事癒してよ」  陸也はこうやっていつも軽口を叩いてくる。それでも今日は少しご機嫌に見えた。 「なに? 喧嘩でもしたの? それに酔ってる。どこで飲んで来たんだよ。面倒くせぇの嫌だぞ俺は」  ヘラヘラしてる陸也にそう言うと、ブンブンと首を振り「それは違うぞ」と言って笑った。 「なんかね、撮影が長引いてて今日の予定ドタキャンされたの。でもお仕事頑張ってるからね、俺は文句言わずにこうやって飲んでるんだよ」  大抵一人で来て既に少し酔ってる時は、喧嘩した時か一人寂しくて惚気に来たかのどっちかだ。今日はどうやら後者のようだ。  惚気る時は本当に幸せそうな顔する陸也。その幸せそうな表情にこっちまで頬が緩む。 「志音(しおん)は偉いね。ちゃんと仕事と学校、両立してるんだろ? この店にも来る回数減ったもんな」  俺が陸也にそう言うと、嬉しそうな顔をしてウンウンと頷いた。  志音というのが、この陸也の恋人。陸也が勤めてる男子校の生徒だ。  陸也は男子校の保健医。こいつが白衣着て保健医やってるなんて聞いた時は、エロすぎてダメだろ? と本気で思ったっけ。  志音は現在高校三年生。モデルの仕事をこなしながら、ちゃんと学校へ通っている。  志音が一年の時、この店によく一人で飲みに来ていた。そう、店の常連だったんだ。俺は彼が高校生だなんて知らなかったし、大人っぽいから未成年だなんて微塵も思わなかった。  志音もまた、陸也と同じでちょっとばかり心が傷付いてる人間だった。どんな事を背負ってるのかは詳しくは知らなかったけど、陸也と出会って心を晒す事が出来たおかげで二人は前に進む事が出来たらしい。  あの奥のテーブルで、陸也が涙を流しながら志音の話を聞いている姿が、今でも俺の目に焼き付いている……  運命の出会い──  長く陸也の顔を見てきたけど、志音と出会ってからの陸也は俺の見た事のない表情ばかりしていた。  心から笑って、心から愛して……  幸せをやっと掴んだんだ陸也。そんな陸也が、俺は愛おしく思う。 「なに? ここに来る前からどんだけ飲んでんの? 寂しいって言う割に楽しそうじゃん……はいどうぞ」  俺は陸也にいつものウイスキーの水割りを出した。陸也はご機嫌で、グラスの中の氷を指でクルクル回している。 「いやさぁ、俺も最近忙しくてさ……悠にも本当に会いたかったんだよ」 「そうかよ。ありがとよ」  本心なのか社交辞令なのか、それでも気にかけてくれたことは素直に嬉しかった。

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