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28 敦
志音と陸也……
ニ人で飲みに来たり、元々志音も陸也もこの店の常連客だったこともあり、仕事の後にそれぞれ一人で飲みに来る事も多かった。
そんな中、突然敦が一人で店に来た。
勿論有名人だし志音の事もあったから、俺は初めからすぐに声をかけた。敦は既に他所で飲んでいたのか、明るく愛想の良い印象だった。敦が言うには、この店がずっと気になっていたけど忙しくてなかなか来られなかったらしい。
気になっていたのはきっと、以前志音が店の前で泣きそうになっていたのを見ているから。そしてきっとその時だろう。敦が志音にキスをしたのは。店を出た俺と陸也がその光景を目撃して、陸也が敦に声をかけたんだっけ──
「悠さん、彼氏いるんでしょ?」
敦が一人で通い始めてからしばらく経ったある日、唐突にそんな事を言われた。
「彼氏ってなに……そんなのいないですよ」
俺の答えにクスッと笑い、首を振る敦に少しイラついた。
「いや、あの人恋人じゃないの?」
敦の言う「あの人」とは、陸也の事だとすぐに分かった。敦はこの店に来るのに志音と会わないよう避けていたらしく、志音とは鉢合わさないかわりに陸也とはニ回程一緒になる事があった。
陸也の方は敦の事を避け、離れて座っていたから二人が会話する事はなかったけど、敦は陸也の相手が志音だということをこの時は知らなかったらしい。
「悠さん、あの人と喋ってる時全然違う顔してるから……大切な人なんでしょ? 隠したってわかるよ」
大切な人……
確かに大切な人には変わりないけど、陸也の恋人は俺じゃない。
「違います。ただの昔馴染みで仲がいいだけですよ」
「ふぅん、そうなの?」
敦に指摘されてしまうほど、俺は顔や態度に出ているのかと不安になった。笑顔を作り会話する俺をじっと見つめる敦の目が、この時少し怖いと思った。
敦はそれ以上は何も聞かずまた一人静かに飲み始め、そんな敦に俺も付き合い他愛ない会話をしながら少しだけ酒を飲んだ。
「そうそう、悠さん俺より歳上でしょ? 敬語で話すのもういい加減やめてもらえる? なんか距離感じて嫌だな。ね?」
敦にそう言われ、俺がわかったと頷くと嬉しそうに敦ははにかんだ。
最初に見た時から敦はクセのある奴だと感じていて、俺は客とオーナーという壁を作って接していた。でもこの時を境に俺は自分からその壁を消してしまった。
きっとそれがいけなかったんだ──
それからは、敦は頻繁に俺に会いに店に来るようになった。
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