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29 いつから……
そのうち敦は志音の来ているときにも来店するようになった。
「いやさ、志音の息抜きの場所だってわかってたから俺は遠慮してたんだけどね。悠さんの店があまりにも居心地いいから俺も行きつけにしちゃったよ。悪いな、志音」
悪いな、と言いつつも、あまり申し訳なさそうに見えないのは敦の普段の性格のせいかもしれない。それでもそうは言ってもやっぱり敦は一人で来店する事が殆どで、めったに志音と一緒になる事はなかった。
そしてこの日は敦が飲んでるところに後から志音が来店した──
「あ、敦も来てたんだ……」
ちょっと困った顔をした志音。きっと陸也と待ち合わせをしているのだろうと一目でわかった。
敦は一人で来るときは決まってカウンターの一番奥の席に座っている。志音もその隣に軽く腰掛けた。
とりあえずいつものドリンクを作ってやると、あ……と志音が俺を見る。いつも志音にはノンアルコールの飲み物を出しているけど、今日は言われる前にいつものドリンクを出してやった。どうせ陸也が来るまでの少しの時間つぶしだろうから。
「待ち合わせなんだろ?」
志音に小さな声でそう聞くと、嬉しそうに軽く頷く。そんな志音に敦はすかさず反応した。
「なに? 彼氏? 悠さん聞いてよ! 志音ってば恥ずかしがって俺に彼氏紹介してくんないんだぜ。もう一年くらい経つっつうのに。でもやっとお目にかかれるんだな。楽しみだ 」
敦は嬉しそうに横で志音を小突いた。興味本位で見られることほど嫌なものはないだろうに、志音が敦に紹介しないということはきっとそういうことなのだろう。敦はトイレに立った志音の背中を見つめながら、コソッと小さな声で俺に言った。
「俺さ、実は志音の事好きだったんだよね……見事に振られちゃったけどさ。でもあいつが今幸せそうでなによりだよ。彼氏と付き合い始めてからずっと見てきたけど、いい顔すんだよな〜志音の奴。ちょっと悔しいけどね」
うん、知ってるよ。
あの時の事、敦は気づいてないだろうけど、俺は見ていたから。志音とキスをしていたところを。
志音がトイレから戻る前に陸也が店に入ってきた。いつものように敦の座る奥を避け、カウンターの真ん中に座った。
「あれ? 志音まだ?」
陸也に聞かれ、トイレだからすぐに戻ると教えてやると、言い終わらないうちに志音が戻って陸也の隣に腰掛けた。
「陸也さん、お疲れ様」
志音は嬉しそうに陸也と少し話をして、これからどこかに出かけるらしくすぐにニ人は店から出て行ってしまった。
カウンターの奥の席に座ったままの敦が頬杖をついて俺の事を見ている。何か言いたげな顔をしているのがわかったから、俺はなるだけ目を合わせないようにテーブルを片付けた。
「なぁ…… 今のってさ、いつも来てる人……だよな? 顔見てて思い出したんだけど、あれ志音の学校の先生じゃねえの? あの時もあの人と悠さん一緒にいたよな?」
難しい顔して敦が聞いてくる。あの時というのは、恐らく志音とキスをしていた時の事だ。別にもう隠すような事でもないと思い、俺は敦に説明した。
「そうだよ。正確には志音の学校の保健医」
「………… 」
敦は黙って俺の顔を見ている。
「なんだよ。なに?」
敦の視線にいたたまれなくなり、何故だか気持ちが焦ってしまう。
「悠さんさ、あんた滑稽だな」
「……は?」
「いい人ぶってんの疲れるだろ?」
「どういう意味?」
いきなりそんな事を言われ俺もカチンと来るも、動揺の気持ちの方が大きかった。
「あの先生の事、いつから好きなんだ?」
「……だから! 好きとかじゃなくて、昔馴染みなだけだって」
俺の言葉に敦はフンッと鼻で笑う。俺を見る目に哀れみの感情がこもっているのがわかると胸の奥がカァーッと熱くなった。
「悠さんはさ、どんだけ時間を無駄にしたの?」
敦の言葉のひとつひとつが胸に突き刺さる。
奥の奥へと隠していたものを抉り出されるような気がして、俺は気持ちが悪くなった。
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