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31 わからない

 敦は黙って俺の横に座っている。 「………… 」  敦が何を考えているのかわからず居心地が悪かった。早くどこかに行ってくれ……そんな思いで見つめていると、敦は深くため息を吐いた。 「悠さん、気……済んだ? こんな所で一人で泣いてちゃダメだよ。危ないよ」  俺が見ている事に気がついた敦は、前を向いたまま優しい声でそう言った。まるで子どもに話しかけるみたいな口調に、揶揄われているようで苛立ちが増す。 「別に危なくなんかないし」 「悠さん、もっと自覚しなよ……自分がモテるのわかってるくせに、こういうところは無防備だよな。俺がいなかったら悠さん危ない人に声かけられちゃってるよ?」  そう言いながら敦は俺の肩に腕をまわし抱き寄せると、少し離れた所に佇む数人の男達に向かって「ほらあれ」と言って顎を突き出した。 「俺が送ってくから……ほら、立って」  強引に腕をグイっと持ち上げられ、俺はフラつきながら立ち上がった。 「なんか変なのに目つけられてるからさ」 「………… 」  俺は敦に言われるままに歩き出す。体が密着し俺に寄り添ってくるから歩きにくかった。  さっき店で敦が俺に言った事、全て否定して文句を言ってやりたかったけど俺は言葉が出なかった。認めたくないけど、敦の言う通りだ。ずっと見て見ぬフリをしていた傷口があっという間に開いてしまった。  これ以上、俺に寄り添わないでくれ……  敦の前で、弱い自分を見せたくなかった。  しばらくそのまま歩いていたけど、俺は敦から離れたくて敦の胸をグッと押した。 「もういい。一人で帰れる」 「………… 」 「敦、もういいから。一人でいたい……離して 」  敦はなぜか黙ったまま、離してくれなかった。そのまま路地へと入ると、少し乱暴に壁に体を押し付けられた。 「痛っ…… 」  どういうわけかいきなり顎を掴まれ、敦は強引にキスをする。噛みつくようなキスをして、怖い顔で俺を睨んだ。 「悠さん見てるとイラつくんだよ! 家どこ? 帰るよ! ……別に何もしねえから!」 「は?」  突然のことに言葉が出ない。なんで俺は敦に怒られている? 意味もわからないし「何もしない」って言ったよな? 今、俺にキスしたのは誰なんだ? 「ちょっと痛いって! 腕、離せ! わかったから……とりあえず手ぇ離して! 家もそっちじゃねえし…… 」  俺の手首を掴んだままずんずんと歩き始めた敦にそう言うと、パッと手を離し俺と並んで歩き出した。お互い黙ったままマンションの前までつくと、敦は「じゃぁまたな 」と言ってそのまま一人帰って行った。  無遠慮に傷を抉るような事を言っておきながら、優しい目で俺を見て……キスまでしたのに最後は怒って帰っていった。  全くもって意味がわからない。 「またな」なんて言ってたくせに。 それっきり敦は店に顔を出すことはなかった──

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