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35 涙の理由
「悠さん、おかわりください」
純平君が珍しくおかわりを注文する。
「大丈夫なの? それお酒だよね?」
あまり酒を飲まない純平君は、いつもなら一杯目を飲んだ後は烏龍茶なのに、珍しいと思い声をかけた。
「はい。今日はちょっと……」
何かを言いたげな様子が少し気になる。俺は元揮君に一杯目の確認をして、酒のおかわりを作り、言われるままにもう一杯を純平君の前にすっと出した。心なしか既に少し顔が赤らんでいる純平君を見て、もしかしたら先程の敦の態度が不快だったのかと心配になった。
「もしかして敦の態度が不愉快だった? ごめんね。デリカシー無い奴で……」
そう思い聞いてみたけど、純平君は笑いながら首を横に振った。
「え? 別に何とも思ってないですよ? 悠さん気にしすぎです。気遣ってくれるのはすごく嬉しいけど……」
そのまま言葉が続くのかと思い俺は純平君の言葉を待った。
元揮君はカウンターから離れ、テーブルに新たに来店した常連とお喋りをしている。純平君の言葉を待ってみても何かを話し出す様子もないから、俺は何か会話のきっかけになるような事を探した。
敦のせいでいつもの調子が出ない。客を前にして、こんなに気不味く沈黙したのは初めてだった。
俺が話し出す前に、純平君が沈黙を破り静かに口を開いた。
「悠さん……ちょっと聞いてもいいですか?」
ほろ酔いの潤んだ瞳を俺に向け、遠慮がちに純平君が言う。少し緊張しているようにも見え、なぜか俺までドキッとしてしまった。
「前に、えっとかなり前なんですけど、悠さん……なんで泣いてたんですか? 俺ずっと気になってて、あ、いやすみません。おかしいですよね。でも悠さん泣いてるくせにあんな笑顔なんて見せるから……なんか凄え気になっちゃって」
「ん? 泣いて?」
泣いてた? 俺が?
俺は人前では泣かない………
心当たりが思い浮かばなく、俺が何も言えずにいると純平君は諦めたように「ははっ」と笑った。
「そんなの覚えてないですよね。もう一年以上も前の話ですもん。この店出て、駅の方へ向かう途中の植え込みの所……悠さんが座り込んで泣いてたから、俺ハンカチ貸したんだ……」
あ! あの時の! ハンカチと聞いて思い出した。
「あれ純平君だったんだ。思い出したよ、ハンカチ、あるから……ちょっと待ってて…… 」
俺は純平君を残し、慌てて事務所へと向かう。デスクの引き出しに、あの時しまったハンカチを探した。
「ほら、ありがとうね。これ……ちゃんと洗濯してあるから」
純平君にお礼を言いハンカチを返す。あの時は顔もちゃんと見てなかったし、大事にハンカチを保管しておいたところで返せるとは思っていなかった。かと言って捨てるわけにもいかずなんとなくデスクにしまい込んでいたのだ。
「恥ずかしい所、見られちゃってたんだね。ははっ……参ったな。え? もしかしてそれでこの店に?」
まさか俺のことを探してこの店に辿り着いたんじゃないだろうな。
「いや、たまたま入った店に悠さんがいたから。思い出したんです。でも凄く気になってました」
カウンターの上にハンカチを置いた純平君に突然手を握られ、俺は驚いて体が強張った。
「俺の友達はさ、よくあることだ……なんて言ってたけど、男が涙を流すのってよっぽどの事だと思うから。あの時の悠さん、凄い辛そうにぼろぼろ涙を落としてたくせに、見ず知らずの俺に向かって笑顔を見せたんですよ? きっと辛いのに、赤の他人になんであんな風に笑えるのかなって……悠さん、いっぱい無理してませんか? 大丈夫ですか?」
「………… 」
優しい眼差しで俺を見る純平君。じっと見つめられれば見つめられる程、俺の心は騒ついて辛くなった。
お願いだから……
そんなに俺に踏み込んでこないでくれ。
気にかけてもらえていたことに嬉しさが込み上げる。
惹かれてはだめだと俺は自分に言い聞かせた。
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