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42 敦の事情

 志音が初めてこの事務所に来た時、俺は社長にこの子にはチョッカイを出すなと念を押された。  俺はそんなに軽い男じゃない……  そんなの社長だってわかってくれてるはずなのに。何でこんな事を言われたのか不本意でイラついたけど、志音を見ていてすぐにわかった。  それは詮索するな、という事だった──  口数の少ないこの可愛らしい男は訳ありなのだとすぐに察した。立ち入った話や過度なスキンシップは極力避け、当たり障りなく彼と付き合い俺は先輩として仕事の事を教えた。  どこか影があって、何を考えてるのかよくわからないくせに、実はとても人懐こかった。慣れくると軽口を叩いたり生意気な言動だったり、周りには軽い男だと見せているようだけど、自身は堅い鎧のようなものを纏って本心は晒さない、そんな風に見える志音が気になって、俺はすぐに惹かれていった。  社長の手前、思いを伝えず見守っていくつもりだったのに……  志音に好きな奴ができたとわかり、俺は堪らず告白をした。ただ見守っているだけで良かったのに、誰かのものになってしまうのかと思ったら堪らなく嫌だった。  でも呆気なく俺はフラれた。志音にとって俺は大切な家族みたいなもんなんだと。  わかってた……  俺からの告白が早かろうが遅かろうが、結果は同じ。それでもやっぱり、もっと早くに伝えていれば何かが違っていたのかもな、なんてそう思ってしまうんだ。  仕事に忙しくしているうちにそんな辛い気持ちも薄れていった。そういうものだ。いつまでも引きずっていたってしょうがない。  志音も今までと何ら変わらず接してくれるし、寧ろ以前より踏み込んだ話もしてくれるようになったかもしれない。兄みたいな立場の俺からしてみたら、これは喜ばしいことだった。  志音に告白をした時、志音はとあるバーの前で泣きそうな顔をして佇んでいた──  俺はそこで志音に強引にキスをした。  その時に俺は初めて悠さんを見かけたんだっけ。悠さんの連れに「こんな所で……」という風に言われ俺は冷たくあしらわれた。  苦い思い出。  そして志音の事も諦めもついて俺の中で消化されてきた頃に、気になっていたあのバーに一人で行ってみた。  雰囲気のいい静かな店内。客も少なく、薄明かりで奥の方は少し入り口から隠れた感じになっている。居心地も良く、何かと声をかけられやすい俺にとっては最高の場所だった。  マスターの悠さんは気さくに俺に声をかけてくれた。  モデルの仕事をしながらローカルのテレビにも出ていて、少しは顔が知られている俺に気を遣ってくれたらしい。きっと普通の一般の客なら最初からこんなに親しみを持って話しかけたりはしないのだろう。  悠さんは雰囲気のある人だった。客の俺が気持ちよくなるように嫌味なく褒めてくれる。  話上手。  俺はこの居心地のいい場所、とりわけ悠さんの事を気に入り、何度か一人で訪れた。  悠さんは話が上手くて聞き上手だ。見た目も俺と変わらずの長身だし、かなりのイケメン。女性客にも男性客にもモテモテなのがよくわかる。様々なアプローチも華麗に交わしつつ、相手を惹きつけるひと言を忘れない。側から見れば手慣れたモテ男そのままなんだけど、何でだろうか、悠さんは俺とよく似ている、ふとそう思ってしまった。

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