45 / 107

45 泣かせたい

 志音と彼氏はすぐに店から出て行った。そのニ人の後ろ姿を、また複雑な表情で見つめる悠さんの姿……俺はそんな悠さんを見つめていた。 「なぁ…… 今のってさ、いつも来てる人……だよな? 顔見てて思い出したんだけど、あれ志音の学校の先生じゃねえの? あの時もあの人と悠さん一緒にいたよな?」  目が合った悠さんに、俺は聞く。  俺が志音にキスした日の事、苦い思い出のあの日のことを思い返す。悠さんは軽く溜め息を吐き「そうだ」と言った。あの彼氏は志音の学校の保健医なのだと、悲しい目をして教えてくれた。  悠さんは何でもない風を装ってる。  あいつは高校時代からの昔馴染みなのだと、張り付けた笑顔で俺に言った。どれだけこの人は自分の気持ちを押し殺してきたのだろう。失恋をして、ちゃんと吹っ切れて前に進めているのだろうか?  いや、進めていない。あの顔見れば一目瞭然だった。  悠さんは自分を表に出さない。  きっと自分が同性しか愛せないと気がついてから、ずっと感情を押し殺してきたのだろう……見ていてわかる。俺と同じだから。容易に想像できてしまうのが辛かった。  不器用で自分を殺すことしかできない悠さんを見ていて、俺はどうしようもなく悠さんを泣かせたいと思ってしまった。 「なんだよ。なに?」  不安そうな顔で俺を見る。 「悠さんさ、あんた滑稽だな」 「……は?」  悠さんの瞳が揺らぐ。これから俺が言うことはきっと一番言われたくないことだ。 「いい人ぶってんの疲れるだろ?」  ほら……  いいんだよ、泣いても。もう泣けなくなってんだろ? 思いっきり泣いちゃえよ。絶対その方が後々楽になるんだから。 「あの先生の事、いつから好きなんだ?」 「……だから! 好きとかじゃなくて、昔馴染みなだけだって」  初めて見る悠さんの顔だった。  出来るじゃん。そうだよもっと怒れよ。 「悠さんはさ、どんだけ時間を無駄にしたの?」  俺がそう言った途端、悠さんは俺をキッと睨んで元揮君に店を任せて奥へと行ってしまった。

ともだちにシェアしよう!