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53 感謝
「なぁ敦、場所変えて飲みなおさないか? 前にサシで飲もうって言ってたよね」
店も暇だしこの様子ならこれから混み合うような事もないだろうから、太亮君に任せても大丈夫だろう。そう思って敦に話しを持ちかけた。
「え……まさか悠さんから誘ってくれるとは思ってなかったよ。いいよ、近くの店にでも行こっか」
少し驚いた顔をしてそう言った敦に思わず笑ってしまった。
俺達は敦の行きつけだという店に移動する。そこは意外にも俺の店から近い所にある小さな居酒屋だった。
「ここもよく来るんだよね。モツ煮がまた旨いんだよ、悠さん知ってた?」
「いや、この店は初めてだな。知らなかったよ」
嬉しそうな敦につられて俺も自然と笑みが零れる。まさか敦とこんな風に気楽に話ができるとは思わなかった。俺たちは店内に入り、カウンターの端に並んで座った。
「でも本当、悠さんから誘ってもらえて俺、なんか驚いた……どうした? なんかあるんだろ?」
言わなくても敦は俺の心情を察してくれる。
「あぁ、一応な。お礼が言いたくて」
そう思ってもやっぱり素直になるのは難しいし恥ずかしかった。敦の場合、特に揶揄われるんじゃないかって思ってしまうから尚更だった。
「お礼? なんかしたっけ俺」
キョトンとする敦に、俺は続ける。
「なんだかんだ焚き付けて、俺の背中押してくれてたんだろ? 俺、お前の事最初すごい嫌いだったけど……なんかすごく助けられてたんだなって。あ、ここの問題ね」
そう言って俺は軽く自分の胸を叩いた。
「……色々吹っ切れた。だから、ありがとう」
こんな事、言い慣れないというか、自分でも胸のあたりがウズウズしちゃって気持ちが悪い。横に座る敦を見ると、やっぱり俺が素直にこんな事を言うからか、気まずそうに首を傾げ向こうを向いて頭を抱えていた。
「なあ、敦? せっかく俺、素直にお礼言ってんだからさ、何か言ってくれない?」
顔が熱くなりながら、俺は敦の肩を叩く。せめて「どういたしまして」くらい言ってくれてもいいだろうに、さっきから敦は俺から顔を背けて黙ったまんまだ。頭を抱えてる腕の隙間からチラッとこちらを見る敦と目が合った。
「悠さん、タチ悪いって……なんだよ、こっち見んな」
「へ?」
敦は「見るな」と言って、カウンターに突っ伏してしまった。よく見ると敦の耳が赤くなっている。
「ねえ、もしかしてさ、照れてるの? ねえねえ、敦?」
意外な敦の反応に俺は面白くなってしまい、わざと脇腹を突いて覗き込む。
「だから! やめろって。照れてるんじゃねえよ……よかったな。うん、よかった。悠さん少しは楽になった?」
優しい顔をした敦が少しだけ顔を上げこちらを見た。
「うん。敦のお陰で楽になったよ。だからさ、陸也ともちゃんと会って話をするつもりだ。純平君とも……」
純平君には俺が思っている事をちゃんと伝える。俺の中で止まって燻っている陸也の事もすっきりさせたい。
そう……たぶんこれで俺はきっと前へ進める。
ずっと立ち止まっていた事も気づかないふりをしてきたけど、敦のお陰で前に進む勇気が湧いた。
「敦、ありがとう。大袈裟かもしれないけどさ、本当俺、敦のお陰で前に進まなきゃって気付けた……うん、そう思うんだ。だから今はすごく気持ちが楽だよ。感謝してる」
もう一度、素直にお礼を言う。
照れ臭くてこんな事を言うのは抵抗あったけど、思いの外敦が照れてるからかスムーズに口から言葉が溢れてきた。
「ありがとう、敦」
相変わらず突っ伏したままの敦に向かって、俺は改めて礼を言った。
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