54 / 107

54 俺とは違う

 もう少しゆっくりしていたかったけど、太亮君から連絡が入り店に戻る事になってしまった。 「悪い……どうする? 一緒に戻る?」  なんだか静かになってしまった敦に向かって聞いてみると、もう少し飲んでから帰ると言うので金だけ置いて俺は一人店に戻った。  店に戻ると常連客が三組……  別に太亮君一人で捌けない人数じゃないだろうに、と思ってよく見てみると、なるほど、太亮君の苦手な客が一人来ていた。 「悠さん、呼び出しちゃってすみません。久しぶりでちょっと俺ダメージが……」  そう言って太亮君は苦笑いでカウンターの奥に引っ込んでしまった。「本当に久しぶりだ」と思わず笑ってしまいながら、俺はその客のテーブルへと足を運んだ。 「いらっしゃいませ。随分とお久しぶりですね。今夜もまた一段とお綺麗で…… 」  目の前に座る人目を惹くカップル。傍から見れば美男美女のカップルなのだが、実際はそうではない。出生時に割り当てられた性別は二人とも男、男性同士ということになる。ただあくまでも「戸籍上」は、ということだけで、麗さんはれっきとした女性だ。そして、そんな麗(うらら)さんは太亮君をえらく気に入っていた。 「あらぁ! 悠ちゃんお久しぶり! 悠ちゃんこそ相変わらずいい男!……あら、今日はいつにも増して元気そうね。いい顔してる」  捲し立てるようにそう言って、麗さんは俺の頬をすっと撫でた。この人はいつもこんな感じで、元気じゃない日は無いみたいに底抜けに明るい。 「あら? ちょっとちょっと、太亮ちゃんは? こっち来なさいって言っておいて!」 「はいはい。あんまりいじめないでくださいね」  俺はカウンターへ戻ると、隅っこの方で意味もなくグラスを拭いてる太亮君の肩を叩いた。 「麗さんが呼んでたよ。お相手してあげなきゃ」 「今日はお連れ様がいるから大丈夫ですよ……あの人、久しぶりに来店したと思ったらいきなり抱きついてきてキスしてくんだもん。勘弁してくれよ」  太亮君は初めて麗さんと接した時は彼女を女性として見ていた。モデルみたいに背が高くてとても美人、派手な容姿、おまけにスキンシップ過多。初めて会った時から気に入られてベタベタされて満更でもなさそうだったのに……麗さんが男なのだと気付いた途端にこれだ。 「でも、嫌いじゃないんでしょ? どうして避けるの? 麗さん、漢気あって良い人だよ。それにとてもチャーミングだ」 「………… 」  太亮君は赤い顔をして黙ってしまった。 「ま、無理ない程度に相手してあげてね。ほら、オーダー取りに行くくらいは出来るでしょ?」  俺はそう言って太亮君の尻を叩く。渋々と麗さんのテーブルに行った太亮君は案の定、麗さんに捕まりしばらく戻ってこなかった。  しばらくしてから、憔悴しきった顔をした太亮君がカウンターへと戻ってきた。あまりにもわかりやすすぎて笑ってしまう。 「太亮君大丈夫? 今日は久々だったから長かったね」  そう言うと、太亮君は深い溜息を吐いた。 「悠さん、この店お触り禁止にしてください。俺もうどうしていいのか」 「女の子のお店じゃあるまいし。お触り禁止って言っても麗さんは聞かないよ? 俺から見てもそんな酷くはないと思うけど。そんなにしんどい?」  太亮君は膨れっ面をして俺を見る。 「……だって……だって、あんな風にされたらさ、好きになっちゃいそうなんだもん。あの人男ですよ? ダメでしょ…… 」  驚いた。てっきり苦手なのかと思ってたら、そういう理由だったのか。 「麗さん、誰にでもあんなんだし、俺の事だって……揶揄って遊んでるだけなのに、俺が本気になっちゃったら……迷惑でしょ? そもそも男だしさ」  太亮君は男同士だということに抵抗があるらしい。自分が男を好きになってしまう事が怖いのだ。まあ異性愛者からしたらそうなるのは当たり前、なのかな。戸籍上「男」だけど麗さんは女性として生きてきていることに何も思うところはないのだろうか。 「じゃ、麗さんには俺からお手柔らかにしてもらうように頼んどくね」  そう言って太亮君の肩をぽんぽん叩くと、恥ずかしそうに首を竦めた。 「いや、マジで。こんな事言うつもりじゃなかったんだけど……超恥ずかしい。悠さん誰にも言わないでくださいよ。頼みますっ」 「あ、ほら……麗さん呼んでるよ? あとはお願いね」  太亮君を麗さんのテーブルへ向かわせ、俺は少し純平君の事を考えた。  純平君だって本当は太亮君と同じ。俺とは違う。  それでも俺の事を好きだと言った。断言してくれた。それは一時の気の迷いかもしれない。思いがけない感情に戸惑いながらも俺にそう言ってくれた純平君に、俺もちゃんと向き合わなくちゃ失礼だって、改めてそう思った。  俺と純平君は違うんだ。  それを思ったら胸の奥がキュッと苦しくなった。

ともだちにシェアしよう!