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57 本当の事……

 改めて、なんと切り出したらいいのかわからない。  俺は考えながら、カチャカチャと皿を洗った。陸也はさっきと同じ姿勢でぼんやりとテレビのニュースを眺めている。 「………… 」  まあ、大した事じゃないんだ……  ただ俺が気になっていた事を陸也に聞いてみるだけ。洗い終えた皿をカゴに置き、俺はリビングに戻った。 「あ、ありがと」  俺が床に座ると陸也が空いたグラスにワインを注いでくれた。注いでくれたワインをひと口飲むと、陸也の方が先に口を開く。 「なんか改まって二人で話がしたいって言われて……変に緊張するんだけど。あれだろ? 外じゃあんま話しにくい事なんだろ?」  何かを察したのか、気不味い表情をして陸也が俺に聞く。 「まあ、そんなとこ……かな」  苦笑いでそう答えると、俺は意を決して話を始めた。 「あのさ、陸也が偶然俺の店にきてさ、それからはよく通ってくれたじゃん?」  気持ち声が震えてしまう。そんな俺に気づいているのかいないのか、陸也は「あぁ」と軽い返事を返す。 「昔話からそのうち恋愛の事なんか話すようになって……その、俺が言った事で体の関係まで持つようになっただろ?………あれ、ほんとごめんな」  男同士の恋愛に対して寂しい事を言う陸也に向かって「それなら好きな時に俺を抱けばいい」なんて言ったんだ。それがきっかけで体の関係まで持つようになった。それなのに一年くらい経って陸也は俺の前からパッタリと姿を消してしまった。  俺は陸也の事が好きだったから……  気持ちはなくても陸也に抱かれる事に、その時は幸せを感じていた。 「ごめんな。あの時なんで俺の前から消えたの? 俺、やっぱり気になるんだ。俺があんな事言ったから……好きでもない奴と体を重ねる事、本当は辛かったんじゃないのか?」  なんだか自分で言っていて胸が苦しかった。陸也にとって、俺との事が嫌な思い出になってるかもと思うと、辛い。  陸也は本当の愛を知って今は幸せに歩んでいるのに、俺はこんな事を言って嫌な過去をぶり返してしまっている。自分が前に進みたいばかりに、大切な人を傷つけてしまっているのかもしれない。こんなエゴ、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 「悠……悠! 俺の顔ちゃんと見ろよ……それ悠の本心? 本当はそんな事考えてたのか?」  話しながら俯いてしまった俺に向かって陸也が大きな声を出す。恐る恐る顔を上げると、少し頬を赤らめ怒った顔の陸也と目が合った。 「お前……もしかしてずっとそんな風に思ってたんじゃねえだろうな?」 ……違う。 「いや、そうじゃなくて。もしかしたらって、最近になってそう思ったから聞いただけ。ずっと思い悩んでいたわけじゃない……」  まさか陸也がこんなに怒るとは思ってなかったから動揺した。俺がずっと気に病んでいたと心配して怒ってくれている。  俺が思わず黙ってしまっていると陸也の方から話し出した。 「あのな、あの時店に行かなくなったのはさ……怖くなったんだよ。あ、言い方違うか。俺あのまま悠とあんな関係続けてたらボロが出ると思ったから。悠の迷惑にはなりたくなかったから距離を置いたんだ…… 」 「……?」  陸也の言っている意味がわからなかった。 「だから……その……あのままの関係を続けてたら俺、悠の事本気で好きになりそうだったから。ていうか最初から好きだったんだよな……」  照れ臭そうに俺から目をそらして陸也がそんな事を言う。  ……嘘だ!  俺の事が好きだった? 陸也から発せられた言葉が信じられず、乾いた笑いが出てしまう。 「ははっ、陸也が俺の事? あは……マジかよ…… 」 「なんだよ、笑うなよ。だって悠、高校の頃から俺の事気にかけてくれてたろ? 今だから言うけど、たぶん俺の初恋は悠だよ。意識したのは悠が初めて。うん……好きだったんだ。でも俺年下だし悠みたいに大人じゃねえからさ、一生懸命背伸びしてた」  陸也の言ってる事が全然頭に入ってこなかった。 「悠とヤってる時も、好きとか愛してるとか言ったら絶対のめり込むだろうし、俺、離れられなくなるって思ったから必死で我慢した。悠は軽い気持ちで言ってくれたのに俺が本気になったら嫌がられると思ったから。それで店にも行かなくなったんだ。だからそういう意味では辛かったけど、俺は何も後悔してねえよ……」 「………… 」  後悔はしていない。  よかった……  俺との事が陸也の嫌な思い出になっていなかった── 「悠……?」  陸也が俺の顔を覗き込む。  大丈夫、俺……泣いてない。 「よかったよ。そういう理由だったんだな。聞けて安心した。ありがとう陸也」  俺は顔を上げる事が出来なかった。  もしあの時……  もしも俺に少しの勇気があったなら……  今と全く違う今日を迎えていたのかもしれない。  長年ずっと隠して押し殺してきた感情が、もしかしたら報われていたのかもしれない……  こんなに苦しい思いをする事はなかったかもしれない──  俺はそんな思いをまた胸の奥に隠した。  これは今の陸也に伝える事じゃない。  今度は大丈夫。  俺は納得して自分の胸の奥に隠すんだから。  でも…… 「じゃぁ、俺らもし付き合ってたら今頃ラブラブだったのかもしれねえな。なんか不思議だな」  俺はそう言って、笑ってやった。

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