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60 麗さん
重厚感のある扉を開けると賑やかな声が耳に飛び込む。
「あらー! 珍しい人が来てくれたわ。いらっしゃい。悠ちゃんお一人?」
この店のママ、麗 さんが満面の笑みで俺を迎えてくれた。
「今日はいい男がいなくてつまんなかったのよ……はい。そこ座って」
馴染みの客と軽く冗談を交わしてから、麗さんは俺の前に来てくれた。
「はは、やっぱり麗さんと会うと元気がでますね」
そう言うと、麗さんに心配されてしまった。
「なに? 悠ちゃん元気なかったの? どうしたのよ……そんな風には見えなかったけど?」
「あ、大丈夫ですよ。元気ですから。今日は店が暇で、まあ、いつもの通りの暇疲れです」
俺がそう言うと、麗さんはふふっと笑い頼んだ酒を手際よく作ってくれる。流れるようにしなやかに動く指先を眺めながら、女性よりも遥かに女性らしい麗さんに俺はぼんやりと見惚れていた。
「確かに悠ちゃん来るの早いもんね。もう店閉めちゃったの? ごめんなさいねぇ、うちは大いに賑わってて 」
豪快に笑う麗さんにつられるように俺も自然に笑顔になれる。
やっぱりこうやって誰かと楽しく過ごしてる方がいい……
「麗さんは落ち込んだり悩んだりすることってありますか? 麗さん、いつも元気でまわりを明るくしてくれるイメージしかないから……落ちてる姿が想像できない。麗さんはしんどい時はちゃんと誰かに頼ったりしてますか?」
思わずそんな事を聞いてしまい、ハッとする。
何か勘ぐるような顔で俺の事を見る麗さんから、慌ててサッと目を逸らした。
「私だって、そりゃぁ落ちたりする事はあるわよ。でもお客様だったり友達だったり、まわりのみんなから元気をもらえる……そうそう! 悠ちゃんとこの太亮ちゃんの笑顔が私の今一番の元気の素かしらね! ほんとあの子可愛いのよね〜、大好き」
麗さんからみたら、太亮君は揶揄いがいのある可愛い弟みたいなものなのだろう。 そもそも麗さんの歳はいくつなのか? いつも綺麗にしてるし肌ツヤから見ても若そうだけど、話している雰囲気から感じる器のデカさは俺なんかより全然歳上に感じる。
「………… 」
「……なによ?」
年齢不詳、美魔女? そんな事を考えていたらジッと見つめてしまい、怪訝な顔をされてしまった。女性に年齢のことを言うのは失礼だよな、と思い誤魔化そうとしたけど、どうせ見透かされてしまうだろうから諦めた。
「いや……麗さんいつもお綺麗だしお話もお上手だし、一体お幾つなのかなって。あ、勿論女性の年齢を聞くなんて失礼な事とわかってますけど、あまりに麗さんがお綺麗でね。いつも不思議に思ってたんです」
麗さんは俺の顔をジッと見つめ、しばらく黙っていた。
あれ……怒らせた? まさかな。
「どうしたの? 悠ちゃん、何かあった? 心配事?」
カウンターから身を乗り出し、周りに気を使いながらそう聞いてきてくれた麗さん。
まったく、この人には敵わない。
「いっつも聞き上手で、いい距離感でお喋りする悠ちゃんなのに、今夜は変にお喋りなのね。どうしたの? 困り事なら力貸すわよ」
いつの間にか目の前まで顔が迫り、至近距離で真剣な眼差しの麗さんと目が合う。
迫力美人……
「あ……大丈夫です。すみません、心配かけてしまって。ちょっとね、いい事があったんです。ずっと悩んでいた事が解決したから、だからちょっといつもと違うのかな?」
そう言うと、事情も知らない麗さんまでなんだか喜んでくれて、一杯ご馳走してくれた。
「そんな悠ちゃんが気分よく呑むのにうちの店を選んでくれたのが嬉しいわ〜。ありがとうね」
普段から驚嘆に値する豪快な飲みっぷりの麗さんは、今夜は特にご機嫌でお酒を勧めてくるもんだから俺は久々に酔っ払ってしまった。
そんな麗さんも珍しくほろ酔い気味……
気がつけば、店内には俺と麗さんだけだった。
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