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72 祝福
「悠さん? 大丈夫? どうかしました?」
思わず黙り込んでしまった俺を心配そうに覗き込む陽介君に、慌てた俺は気持ちを引き締めた。
「あぁ、元カノって里佳さん?」
「え! なんだ、悠さんも知ってたんですね。そう、里佳さん。高一の頃からいつの間にか付き合い始めてて、高校卒業まで仲良くしてたんですよ。卒業してから、なんか性格の不一致なんて言いながら別れたこと知らされたけど……結局また復活したみたい」
三年間……
そんなに長いこと付き合ってたんだ。
「それはよかったね。うん……会うことがあったら、お幸せにねって伝えておいて」
「え? それは悠さんが直接言ってやればいいんじゃないですか? 純平、落ち着いたらそのうち来るでしょう?」
……どうかな? きっともうここには来ない。
そんな気がする。
「陽介君、俺ね……純平君にフラれたんだよ」
正直にそう言うと、陽介君は驚いたように顔を上げ俺を見る。
そうだよな。陽介君には俺がゲイだなんて言ってないから、男の俺が純平君にフラれたなんて言ったら驚くよね。まぁ、陽介君も俺と同じだろうから、薄々はわかってるとは思うけど。
「びっくりした?」
「あ……はい。何ていうか……」
陽介君は何か言いたそうな顔をしたけど、また黙ってしまった。
「だからね、多分この店にはもう来ない。気まずいもんね……」
自分で言っててちょっと辛くなってきてしまい、陽介君から少し離れて誤魔化すようにお代わりを作る。
「悠さん、それ違うよ」
顔をこちらに向け、陽介君が力強くそう言った。
「……え? 」
「違うから……純平、自分がフラれたって言ってた」
「……いや」
「違くない。俺がフラれた、結局悠さんを傷つけてしまったって、あいつ泣きそうな顔して。中途半端な気持ちで嫌な思いをさせてしまったかもって、そう言ってた。元カノの事だって気になってて、やり直してもいいって思ってしまってる自分がどうしようもなく嫌だって……ごめん、俺……純平から悠さんにフラれたって聞いてたからさ」
「そっか……」
真剣な表情の陽介君は動揺している俺に話を続けた。
「純平ってさ、昔っから優柔不断。好きになったらみんな、みんな大事になっちゃうんだよな。惚れっぽいし……でも俺あいつほど優しくていい奴知らないです。だから、嫌わないでやってください。悠さんの事も本気だったと思うから。絶対に興味本位とか冗談で……って事はないから」
陽介君の口から聞かされる純平君の話。
やっぱり俺の知っている優しい純平君だった。
「陽介君、ありがとう。心配して来てくれたんだね。大丈夫だよ……俺は純平君を嫌いになんてならないから。なれないよ……なれるわけない。純平君に俺は救われたんだ。ありがとうって伝えておいてほしいくらいだよ」
ダメだな……泣けてくる。
でもちゃんと俺は純平君を祝福できるよ。
里佳さんと幸せになってほしい。
孤独感に襲われてショックだったのは正直認めるけど、純平君の事はちゃんと祝福できる。
もう俺は大丈夫──
「そもそも俺と純平君とじゃ歳が離れすぎてるし……若くて情熱的な恋愛はできなかったと思うよ」
暗くなってしまった陽介君に、俺は笑って明るく言う。
「……歳が離れてるって、悠さん幾つなんですか? 高坂より全然下でしょ?」
陽介君にそう言われ、吹き出してしまった。
「なに? 陸也より俺の方が若く見える? 嬉しいなぁ、ありがとね。陸也より二個上だよ……だからもうすぐ三十路」
「え……」
陽介君、固まってるし。
「ねぇ、それどういう意味? 案外歳いってるなって驚いた?」
固まってる陽介君に突っ込むと、慌てて首を振り、見た目が若くてびっくりしたと言われた。
「それは褒めてくれてるんだよね? ありがとう」
それからは二人で他愛ない話をして、陽介君は帰っていった。
純平君のカーディガン、また来た時にでも返そうと思ったけど……やめた。きっともうここには来る事はないだろうから。
「陽介君、悪いんだけど純平君にこれ、返しておいてくれるかな」
帰り際に、俺は陽介君に純平君のカーディガンを手渡した。
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