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86 早く忘れて/敦の思い

「なんでこんなになってんの? 全く……どうすんだよ。とりあえず君は早く帰ったら?」  酔ってうとうとしてしまってる悠さんに寄りかかられた俺は、後ろから抱きしめながら目の前にいる純平君を睨んだ。  俺のオーディションの合格をお祝いしてくれると言って嬉しそうに話をしていた悠さん。凄え嬉しかったのにさ、いつの間にかこいつの元カノとの復縁のお祝いとか言っちゃってなんなんだよ。  カウンターの席に三人で並んで座った。  もちろん悠さんは真ん中に……  最初のうちは機嫌よくお喋りしてたのが、何だか飲むペースが早いな……なんて思っていたら、すぐに「眠たい」と言いながらフラフラし始めた。悠さんはそのまま純平君の方に寄りかかりそうだったから、それだけはなんだか嫌で咄嗟に俺の方へ抱き寄せた。  悠さんはそんな俺の態度を気にすることなくクタッと体を預けてくれたから、俺はそのまま後ろから抱きしめていた。 「悠さん、無防備……というか、なんか前よりずっと可愛くなりましたよね」  純平君が悠さんを愛おしそうに見ながらそんな事を言う。 「なんだよ、可愛いとか言うな! 見んな!」  すっかり寝入ってしまった悠さんは、俺らの会話は聞こえてない。  確かに純平君の言うとおり、最近の悠さんは俺の前だと素でいてくれて、壁がなくなったように思う。それが純平君の前でも同じだと思うと凄く妬けるけど……  しかしどうしたもんかな。  悠さんに全体重を掛けられ、あまり踏ん張れない高さのこのカウンターの席だとさすがの俺でもそろそろしんどい。 「そっちのソファの席に移りますか?」  純平君が振り返った先にはボックスになってるソファ席がある。 「よし! 移動……」  俺はそっと悠さんを抱え直し、静かにソファ席へと移動した。  悠さんも俺に負けず身長があるから、寝かせたもののこのソファでも窮屈そうだった。  横たわる悠さんの前に跪き、俺は穏やかな寝顔を見つめる。 「………… 」  昨晩俺は悠さんをまた泣かせてしまった。  きっと俺が不用意に発した一言が何かに触れてしまったんだろう。  あんなに泣くなんてあの時以来だ……  早く前の男なんて忘れてほしい。  俺の事だけ見ててよ。  急に愛しさがこみ上げてきて、眠っている悠さんの額に手をあてる。  顔にかかる少し長めのサラサラとした髪をそっと退かし、俺は純平君がいるのも忘れ悠さんに口付けた。

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