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恋焦がれて

 俺は先生と付き合いだしてからも、ちゃんと高校生らしく学業優先で大学受験に臨み、無事に志望大学に進んだ。  高校時代に痛い恋を体験した水嶋先生だから、俺は本当に辛抱強くOKが出るまでいい子に『待て』をした。なぁそこはちゃんと褒めてくれよ。  二十歳になった俺に先生の方から「何か誕生日プレゼントを贈りたい」と言ってくれたので、すかさず先生の全部が欲しいとリクエストすると、先生は顔を真っ赤にしながらも頷いてくれた。  というわけで、今日はバースデー・スペシャル・デートだ。  大学入学後、先生に向かって燃え上がるような性欲のすべてを、宅急便の肉体労働のバイトで発散して貯めた金を、財布に入れて家を出た。  今日は家には帰らない。  有楽町駅の改札で先生と待ち合わせだ。  雑踏の中に佇む先生は、周りにしっとりと溶け込んでいた。でも先生の綺麗な顔に見惚れる人は男女共にいるようだ。本当に危なっかしいな。 「先生お待たせ!」 「黒崎……お前はまた……外では先生って言うな」 「なんで?先生は先生じゃん」  実際、水嶋先生は大学卒業後、都内の女子校の国語科の先生になっていた。 「今日はデートなんだろ?」 「そう!」 「じゃあまず買い物をするって言っていたよな。どこに行くつもりだ?」  ぶっきら棒に言うのは、先生の照れ隠しだって知っている。 「いいから付いて来い」 「クスっ」 「あっ何で笑うんだよ。俺、必死なのに」 「いや……黒崎は最初からタメ口だったよな」 「それは先生との歳の差を縮めたくて」 「うん、今なら分かる」  先生を連れて行ったのは駅ビルの呉服屋。何度も事前に通った場所だ。 「いらっしゃいませ」 「あっすいません。先日予約しておいた浴衣を出してください」 「あぁなるほど、こちらのお客様に着付けるのですね」 「そうです!」  俺の隣で水嶋先生がキョトンとした顔で立っている。 「おい、どういうことだ?」 「今日はこれから横浜の花火大会に行くって約束したよな。せっかくなんだから先生は浴衣を着ろよ」 「えっ」  先生に選んだのは白地に紫と水色の明るい紫陽花の模様の浴衣。男物でも最近はこういう柄物があるそうだ。紫陽花の紫や青色は先生によく似合う。 「こんなの、似合わない」  恥ずかしそうに俯く顎を、店員の視線が届かない場所で掴んで上を向かせてやる。 「ほら鏡を見ろよ。すごく似合ってる」 「……僕はこんな風に浴衣を着て、花火大会なんて行ったことがない」 「だからこれからするんだろ!さぁ行くぞ」 「えっあっ……待て!」  途中でファーストフード店に寄って、この夏限定の新商品のフローズンドリンクを買ってやった。俺は黄色いレモンジンジャー味で、先生は青いブルーハワイ味。まるでこの色合いは俺たちみたいだな。 「ほら、飲んでみろよ」 「あっ美味しい!黒崎のも太陽の光みたいで綺麗だな」 「飲む?」 「うっ……うん」  間接キスもらった!  先生の口元っていつ見ても綺麗だ。キスだけは何度ももらったけど、その先はまだお許しが出ていなかった。(お前が二十歳になっても僕の傍にいたら、その時は……)そんな約束を律儀に守ったのは俺だ。褒めてくれよ。イマドキこんな純朴な奴いないぜ! 「先生、青と黄色を混ぜると何色になると思う?」 「んっ……緑色だろう?」 「そう『安全と安心の緑』さ。先生と俺の歩む道は大丈夫だ。だからもう、あれこれ心配するなよ」 「黒崎……ありがとう。僕は高校3年の時に心臓の大手術をして……その前後は人生に対して投げやりになっていた。だからこうやって浴衣で花火とか、ファーストフード店で買い食いとか……僕の高校時代には出来なかったことばかり体験出来て嬉しいよ」  紫陽花色の浴衣で清楚に微笑む先生に、また惚れる。  もっともっと惚れていく。  ドーン、ドドーンっ  腹の底に響くような打ち上げ花火が、梅雨が明けた夜空を色鮮やかに染めていく。  先生は大事そうに買ってやったドリンクを飲みながら、うっとりと空を見上げていた。  空に咲く大輪の花が、俺たちの新しい一歩を祝っているようだ。 「花火の後は、あのヨット型のホテルを予約してある」  指差しながら……先生の耳元で甘く囁くと、緊張した面持で小さく頷いてくれた。  可愛くて綺麗な先生、ちょっとツンデレな所もいいよな。    もうすぐ全部俺のものにする。

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