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第4話
「すみません。名取さんが具合い悪くなっていたので、介抱してました。」
襖を開け、個室に入るなり、白坂さんが説明してくれた。
「お前ら先輩のライン既読スルーしてんじゃねーさ。俺らお前らが来る間に2杯も頼んじまったさ。」
与座さんが持っていたグラスを乱暴に置く。
与座さん、今日酔ってるのかな?
彼は、酔ってる時にグラスを乱暴に置くくせがあり、がさつさが増すのだ。
「本当にすみません。ラインが来たときすぐに戻るつもりだったので、返事返さなくて。」
白坂さんの隣で僕は頭を下げる。
「そうだぞ。報連相 は仕事の基本だぞ。それで、名取、具合いは大丈夫か?」
「もうすっかり大丈夫です。これからガンガン食べたり飲んだりできますよ。」
「ガンガンはしなくていい。まあ無理するな。二人とも突っ立てないで早くこっちきて座れ。」
「「はい」」
僕と白坂さんは、与座さんに言われ、各々の席に戻った。
チラリ。テーブルの向こうの白坂さんに視線を傾けると彼が早速ジョッキを傾けていた。
ついさっきまで至近距離で見ていられた分、我ながら贅沢だとは思うけど、テーブルを隔てた距離というのはなんだか寂しく感じてしまう。
僕は、寂しさをごまかすかのようにジョッキを傾けた。生ぬるいビールが僕の喉を通過していく。
「名取、戻って早々ペース早めるなよ。また具合悪くなるぞ。」
「大丈夫ですよ。だって今日蒸し暑いから喉が渇くんですもん。」
僕は、半分以上飲んだところで、ジョッキをテーブルにおろした。
「たしかに今日は蒸し暑いな。暑いなら、上着脱げば?ほら、ハンガーにかけてやるから」
どうしたんだろ?与座さんが優しい。
「すみません。大丈夫です。トイレは蒸し暑かったんですけど、今、ここの中は涼しいので、そのうちちょうどよくなると思います。」
「…そうか。それならいいさ。俺がやった背中のほうは痛みは引いたか?」
「そっちはも大丈夫ですよ。おしぼりで冷やしたらよくなりました。」
「それは、良かった。」
与座さんが、安心したように微笑むと煙草を銜え火をつけた。
ぷはぁ。
与座さんが吐いた煙を吸いそうになり、僕は、彼から顔を背け、再びジョッキに口をつけた。
「与座さん、名取くんがいない間、結構背中のこと心配してたんだよ。ライン送ろうって言いだしたのも与座さん。」
室町さんが、ジョッキを手にしたままニヤニヤしながら僕と与座さんを交互に見る。
「おい!!それ言うなよ!!いや…結構ではなくて、少しだよ心配してたのは。」
与座さんが、僕を見ながらなぜか目を泳がせている。
いつも堂々としているのにこういう動揺している素振りをみせるのは、珍しいな。
「心配していただきありがとうございます。」
「お、おお。」
与座さんは、そういうと、僕とは反対側にある小さな障子があるほうに向けて煙を吐き出した。
「与座さん、なんかちょっと今のかわいかったですよ。」
室町さんが、揶揄うように言う。
「室町、おまえうるさいぞ。」
バサッ。
「室町さん、次は何をお飲みになりますか?」
与座さんが、不機嫌を露にした時、白坂さんが、メニュー表で室町さんの視界を塞いだ。
与座さんが小さく親指を立てて「グッジョブ」と呟く。
「ちょ、お前なぁ。目の前塞ぐなよ。次な。…じゃあ、冷酒。」
「了解です。与座さんと名取さんは何にしますか?」
「俺は、”はないも”をロックで。」
「僕は、ビールをお願いします。」
「はい。了解です。」
白坂さんが、メニュー表を畳み、呼び出しボタンを押す。そして、空いた皿を端に寄せているうちに間もなくして、店員さんが、やって来た。
「ご注文承ります。」
「ビールが2つと冷酒と”はないも”のロックでお願いします。」
「かしこまりました。」
店員さんは、空いた皿をお盆に乗せると一礼をして出ていった。
「白坂っていつもビールだよな。」
室町さんが、電子煙草を銜える。
「そうですね。家にいるときも専らビールなんで。飲みやすいですし。」
「そういや、名取も見かけによらずいつもビールだよな。」
「与座さん、見かけによらずってひどいなぁ。僕もビール好きなんです。」
「たまには趣向を変えてみるのはどうさ。焼酎とか。」
「いやあ、芋ってクセありますし。それならサワーやカクテルでいいです。」
僕は、目の前にある馬刺しのお寿司を口に頬張った。
合コンがなくなったのは残念だけど、男だけの少人数の飲み会になった分ごはんが遠慮なく食べられるのが嬉しいな。しかも今回は女性陣を意識したコース料理ぽいし、普段食べられないものが食べられるのが幸せだ。
「名取くん、日本酒はどう?さらっとしてて飲みやすいしおすすめだよ。」
「日本酒って、ちゃんと飲んだ事ないんですけど、実家に住んでる姉がたまに都内に用があるときに僕んちに泊まりに来てて、僕が帰る前にひとりで日本酒飲んで泥酔してたり、やたら部屋で転んでるのを見てるとなんだか怖い飲み物だなって。」
僕は、昨晩のなっちゃんの事を思い浮かべながらお寿司を頬張るとそれをビールで流し込んだ。
「名取くん、お姉さんいるの?初耳。日本酒好きなら、俺に紹介してよ。画像持ってないの?」
室町さんが、白坂さんを押し退けるように身を乗り出した。
「画像ですか?たしかあったよーな…」
スマホを手にするとLOOPofLOOSEの解散ライブで大阪に一緒に行ったときになっちゃんのインスタ用に撮った画像を呼び出した。
3年以上前かぁ。懐かしいなー。
「あ…」
顔をあげるとちょうど白坂さんと目が合い、気恥ずかしさと気まずさで思わず目を逸らしてしまった。
「名取くん、どうしたの?」
「いえ。何でもないです。最近のではないんですけど、僕と一緒に映っているのが、姉です。」
ま、いっか。もろに会場って訳じゃないし近くの公園で撮ったやつだから気にすることもないんだけどね。
僕は、スマホの画面を室町さんに向けた。
「お、どれ?かわいい。と、言えばかわいいけどさ。それよりもよく似てるね。名取くんをちょっと大人っぽくした感じだよねー。」
「マジさー。俺も見たい。名取、俺にも見せて。」
与座さんが、半ば強引に僕からスマホを奪っていった。
「与座さん、人のスマホ盗らないでくださいよー!」
「おお。ヤバい。お姉ちゃんの顔、すんげー好みかも、俺。」
僕のスマホをガン見しながら、惚けたように呟いた。
「よ、与座さん?」
僕は、思わず少しだけ与座さんと距離を置いてしまった。だって、なっちゃんが女の子だから、顔がタイプだと言ったのは分かるけど、彼女と顔が似ていると言われる僕からすれば複雑である。
「与座さん、名取くんが引いてますよ。」
「あ…これはだな。あくまでもお姉ちゃんが女の子だから言ってるだけだぞ。お前の事をどうこうとか思ってないから安心しろ。だから、距離置くなよ。取って食おうとかしないから元の位置にお願いだから戻ってくれよ。ほら、これ返すから。戻んないと返さないぞ。」
「与座さん、戻ります。戻りますから、僕のスマホ返してくれくださいよ~。」
僕は、慌てて元の距離に戻った。
「おお。悪かったな。返すよ。」
「……。」
与座さんから奪うようにスマホを受け取るとすぐにバックにしまった。
「あはは。与座さん、そう言う事すると益々名取くんに嫌われちゃいますよ。」
「益々って…。名取、俺の事嫌ってないよな?」
「だ、大丈夫ですよ。もう、室町さん、余計な事言わないでくださいよー。」
「あはは。ごめんごめん。」
「ごめんじゃないです。」
僕は、室町さんから目を逸らし、目の前にある唐揚げを口に放りこんだ。
それを流し込むようにビールをごくごく飲んでいると、ふと視線を感じた。
ん?
目線をあげると白坂さんと目が合ってしまった
。
彼が、なんだか鼻の頭を指差してるけど、どうしたんだろう?鼻でも痒いのかな?
僕は、小首を傾げて白坂さんを見つめ返した。
「名取さん、ちょっとこっちに顔向けて。」
小声で言われ、
「はい?」
僕は、少し上向きに白坂さんの方に顔を向けた。すると白坂さんがおしぼりを持ちそれで、僕の鼻の頭を拭いてくれた。
「ケチャップがついてたよ。」
おしぼりについた赤い点を僕に見せてくれた。
「すみません。」
「……。」
僕は、なんとなく湿っぽさの残る鼻の頭を擦りながら、僕は軽く頭を下げた。それを彼は、小さく首を振りながら、微笑みで返してくれた。
恥ずかしさと何とも言えぬ嬉しさが僕の心を満たしていく。
今まで自分の団子鼻が嫌いだったけど、今はちょっと好きになれそう。
2、3日は顔を洗うときは鼻は避けて洗わないとね。
僕は、鼻の頭を指で擦りながら思うのだった。
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