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第5話

 ガラリ。 「失礼致します。お飲み物お持ち致しました。」 店員さんが、襖を開け個室に入ってきた。 「生ビール2つと冷酒と”はないも”のロックです。」 店員さんは、テーブルに飲み物を置くと一礼をしてから去っていった。 「名取さん、与座さんにこのグラス渡して。」 「はい。」  僕は、白坂さんからグラスを渡され、それを受けとった。 うわあ。さっきも思ったけど白坂さんの手って、大きいなぁ。指の長さも太さも僕と全然違うや。同じグラスでも僕が持つのと彼が持つのだとグラスの大きさが違って見えるよ。  思わずグラスを持つ自分の手を凝視してしまう。  「名取、グラス持ったままぼーとしてしてどうした?なんかあんなら話は聞くから、早く俺の酒を渡してくれ。」 「す、すみません。なんでもないです。はい。どうぞ。」 僕は、慌ててグラスを与座さんに手渡した。 「おお。サンキュー。」  カラン。  与座さんは、僕からグラスを受け取ると、グラスを少し揺らしてから口をつけた。  与座さんの手は、僕より大きいけど、白坂さん程は大きくなさそうである。関節が太く骨張っていてごつごつしており、拳が堅そうで立派に生えた指毛の効果もあってか、強そうな手である。 どちらの手もタイプの違う男らしい手だ。  「本当になんでもないのか?酒の場だからこそ言いやすい事もあるだろ?」 「大したことじゃないから大丈夫です。ただ僕の手って、みなさんと比べるとちっちゃいなーって、思ってただけですよ。」 「ああ。そんなこと。そりゃ、しかたねーさ。身長とか体格とかあるし。別にそれで不便に感じたことはないんだろ?」 「はい。特には」 「ガハハ。なら、いいさ。気にしない。気にしない。でも、いちおう見してみ。」 「ええ。嫌ですよー。」 「少しだけだって」 与座さんが僕の右手を半ば強引に奪うと自分の掌を合わせてきた。  なんだか少し湿っぽくて熱いけど、見た目通り与座さんの手は僕より大きい。 「お、本当に名取が言う通りかわいい手してんな。指も細いし。女の手みてーだな」 「だから、それを言われるから嫌だったんですよ。」  僕は、自分の手をすぐに引っ込め、その手でジョッキを持つとごくごくとビールを喉に流し込んだ。 「与座さんホントに残念っすね。途中まではよかったのに。」 「室町、なんだよ、それ。」 「感想を言ったまでです。名取くん、俺にも掌見せて。軽く手相見てあげるよ。」 室町さんが、僕ににこりと微笑んだ。  うわぁ。イケメンの笑顔って、同性だけど、キラキラしててちょっとドキドキしちゃうな。口角がきゅっと上がってて、その角度が絶妙なんだよなー。歯並びも綺麗だし。元が顔面偏差値70だとしたら笑顔がプラスされて100くらいには見えちゃうもの。イケメンの笑顔効果ってすごい。  「名取くん、手相どうする?」 「あ、すみません。ちょっとボーとしてて。手相ですよね。ぜひぜひお願いします。」 「OK。白坂、場所変わって。」 「了解です。」 白坂さんと室町さんが、自分の飲み物を持って一旦立ち上がり場所を入れ替わった。真正面から斜め前になっただけなのに白坂さんがだいぶ遠くに行ってしまったみたいでなんだか淋しいな。  ちらりと思わず白坂さんを見てしまう。白坂さんは、室町さんの邪魔にならないように彼の回りのお皿をささっと自分の方へと寄せている。  本当にそう言うところ見習いたいんだよなー。 「あの、僕も何か手伝いましょうか?」 「ん?大丈夫だよ。名取くんは、まっすぐ俺の方に手を伸ばしてくれるだけでいいよ。」 「はい。お願いします。」  僕は掌を見せるようにまっすぐと腕を伸ばした。すると室町さんの色黒で細く長い指が僕の掌を捕らえた。 うわぁ。室町さん、爪も綺麗にしてるんだぁ。イケメンは、爪の先まで違うんだね。なんて、感心していると室町さんが、いつになく真剣な眼差しを僕のそれに向けた。  「名取くん、小指と中指の間に線が2本あるの分かる?これ小悪魔ちゃんにある線だよ。ふわふわしてるんだけど、周りを翻弄するやつなんだよ。」 「ええ!?僕、全然そんな事ないですよ。計算とかできないですし。」 「気づいていないだけで、周りは振り回されてるかもよ。」 「そうなんですかぁ。知らなかったなぁ。あと他には、なにかありますか?」 「そうだね。おっ、これはすごいイイ線だよ。人差し指の付け根にカーブを描いてる線があるだろ?これは近い内にすごくいいことが訪れる線。例えば、出世とか夢が叶うとかいい出逢いがあるとか。」 室町さんが、指で僕の人差し指の線を爪先のでツツーとなぞる。 「うわぁ。それは嬉しいです。出世はさすがにまだだと思うし、夢も特にないしなぁ。いい出会いはホントに期待したいです。」 僕は、満面の笑みを室町さんに向けた。  「…実はもう、出逢っちゃってるんだなぁ」 すると、室町さんが、にこり笑みを浮かべて、僕の目を見つめた。 ヤバい。やっぱ室町さんみたいなイケメンに見つめられると同性だって分かっていてもなんだかどきどきしちゃうなぁ。室町さんの目って、茶色で綺麗だなぁ。 「それって、誰ですか?」 「俺だよ、名取くん」 室町さんが、僕の指に自分の指を絡めてきた。俗に言う恋人繋ぎってやつだ。  うわぁ。どうしよう。まさか女の子大好きな室町さんが、僕とだなんて…。 「ええ!?そうだったんですかぁ。どうしよう、僕…。今日は女の子に出逢うつもりで来たのに。心の準備が…。」 僕は、頬を染め、しどろもどろになりながら、答える。室町さんが運命の人だったなんて意外だ。  「室町さん、冗談を言っていい相手と悪い相手がいますよ。」 室町さんの隣から伸びてきた大きな手が、室町さんの手首を取り、僕の手から引き離した。 「あ、やっぱわかった?名取くん反応いいしリアクションが、かわいかったから、つい試してみたくなっちゃって。ごめんね、名取くん」  なんだ。違うのか。よかった。どきどきはしたけど、本当にどうしようかと思ったもん。  白坂さんが嘘だって気づいてくれて本当によかった。 「室町さん、ひどいですよ。ちょっと考えちゃいましたよ。」 「あはは。マジかぁ。ごめん。ごめん。でも、君が小悪魔っていうのと近いうちにいいことあるかもってやつは、手相に現れてるよ。いい事の内容までは、俺には分からないけどね。」 」 「へえ。じゃあこれから楽しみにしてます。」 僕は、自分の掌をまじまじと見つめながら言葉を返した。 「名取さん、室町さんの言うことあんまり信用しないほうがいいですよ。」 「白坂、俺だっていつも適当な事ばっかりいってる訳じゃないぞ。いい加減俺の手首放せよ。もしかして、白坂、名取くんに構いすぎだから、妬いてんの?」 「まさか。そんなわけないですよ。ほら、放しましたよ。」 白坂さんが、室町さんから手首を放した。  自分の掌越しに白坂さんを見ながら、僕は、はっとした。  そっか。いい事の正体は室町さんじゃなくて白坂さんかもしれない。これは夢が叶ったでいいのかな?昔好きだったバンドの推しメンに遭遇して、しかも2回も些細なことだけど助けてもらっちゃったし。本当に夢みたいだ。 「名取くん、自分の掌眺めてボーとしてるけど、なにか思い当たるようなことあった?」 「い…いえ。なにも」 室町さんに見透かされたような眼差しを向けられ、僕は、彼の視線から逃れるためにジョッキを手にするとビールを煽った。 ゴンッ。 隣で与座さんが、グラスをテーブルに音を立てて置く音が聞こえた。 「室町、名取をからかうのは大概にしろよ。俺、トイレ行ってくるから白坂、室町ちゃんと見ておいて。それとこれと同じの頼んどけ。」 「はい。了解です。」 白坂さんが、返事を返すと与座さんは席を立ってトイレに行ってしまった。 「室町さん、与座さん少し機嫌悪そうに見えませんでした?」 「たんなる飲みすぎじゃない?俺、見てこよっか?」 「ありがとうございます。そうして貰えると助かります。」 「じゃあ、俺もトイレに行ってこよっと。白坂、同じの頼んどいといて。」 室町さんが、白坂さんの肩に掴まりながら、立ち上がった。 「了解です。室町さん、足元気をつけて下さいよ。」 「はーい」 室町さんは、僕たちに後ろ手で手を振り、個室を出ていった。

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