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第9話

 ガラッ。  乱雑に襖が開けられ、入って来たのはやはり与座さんだった。  「おい!! 名取、大丈夫か?」 入るなり、手前のテーブルの座布団が飛ぶのもお構いなしに彼が僕のもとへと駆け寄ってきた。そして、僕の前に正座になり、両肩を掴まれた。勢いに圧倒され僕は、彼から少しだけ身を引く。 「大丈夫って、何がですか?与座さんの方こそお腹大丈夫ですか?お腹壊してるって聞きましたけど。」 「何がって、いろいろだよ。腹?ああ。まあ、大丈夫さー。心配してくれるのか。悪いな。」 僕の肩から手を放し、与座さんは、照れたように頭を掻いた。  チラリ。室町さんを見やると含み笑いを浮かべながら、手酌で冷酒を注ぎ、くいっと一気に流し込んでいる。  「開けっ放しですよ。」 大きな影が部屋の向こうから見えたかと思うと白坂さんが、戻ってきた。 「おお、悪い。そもそもお前が室町の監視してないから、俺が慌てたんじゃねえか。」 「すみません。」  「ひどいなー。俺は猛獣ですか?」 「みたいなもんだろ?」 「いやいや、俺はハムスターみたいなもんですよ。かわいい小動物。」 室町さんが、ほっぺを膨らませて、ハムスターの真似をした。こういうふざけた事もするんだぁ。かわいい。 「雑食って、ことか?」 「…ああ。そうですね。どうせ雑食ですよ。」 与座さんは、室町さんのハムスターのマネをスルーし、自分の席へと戻って行った。室町さんは、与座さんを目で追いながら、苦笑いを浮かべた。  「そういや白坂、店員さん、呼んでくれた?」 室町さんが、白坂さんの方を向き直し、腕を掴んだ。 「はい。さっき与座さんとすれ違った後に声かけましたよ。もうじき来るとは思いますが…。」  「失礼致します。大変お待たせ致しました。」 タイミングよく店員さんが、襖を開けて入って来た。 「ご注文頂いた生ビールとカルピスサワーとお水4つです。それとハラミステーキとアボカドのわさび醤油和えになります。」 「ありがとうございます。いいですよ、そこに置いておいてもられば。こちらでやりますので。」 室町さんが表情を瞬時に切り替え、店員さんに紳士然とした笑顔を向けた。 「恐れ入ります。では、失礼致します。」 店員さんは、料理と飲み物をテーブルに置くと深々とお辞儀をしてから、去っていった。  白坂さんの側にあるハラミステーキのいい匂いが僕の鼻先を擽る。今日はいろいろ食べた気がするけど、やっぱり焼いたお肉の匂いは格別だ。  「白坂、水って全員分?」 「はい。そろそろいるかと思いまして。」 「まだ大丈夫だろ?でも、いちおうもらっておく。室町、水。」 「はい。どうぞ」 与座さんが手を伸ばすと室町さんが水を手渡した。 「名取さん、カルピスサワー」 「ありがとうございます。」 僕は、白坂さんからカルピスサワーを受け取り、すぐにジョッキに口をつけた。  やっぱり、無理に大人ぶってビールを飲むよりも口当たりが適度に甘い飲み物のほうが、 僕には合ってるなぁ。お酒を飲むペースが自然と早くなっていく。  「名取くんは、すっかり冷めちゃったみたいだね。目が俺がトイレに行く前と全然違う。」 「そうですかぁ?冷めちゃうのって、目に出るもんなんですか?」 「出る出る。特に名取くんは、表情に出やすいから。そこが見てて楽しいけど。」 クスリと笑みを漏らし、電子タバコを吸う。  僕って、お酒飲んでもすぐに顔が赤くなるタイプじゃないけど、目には出てたんだねえ。酔いが冷めたのも気づかれてたなんて、室町さんの目は鋭いなぁ。ごまかせない感じがすごいする。  クンクン。あれ?ハラミステーキの匂いが近い。ふと視線を下げるといつの間にかハラミステーキが、僕の側に置いてあった。  白坂さんが置いてくれたのかな?やっぱり僕って食いしん坊キャラに思われてる?この際食いしん坊キャラでもいいや。この人にどう思われようが今の僕には、関係ないもの。  だけど、このおいしい匂いには抗えないから、いただいちゃおうっと。  僕は、3切れだけ小皿に取り、ハラミステーキの皿を与座さん側に寄せた。  「お、肉だ。匂い嗅いでると腹減ってきたな。」 与座さんが箸でお肉を摘まみ、そのまま口に放り込んだ。僕もお肉を一切れ口に運び、幸せを噛み締めながら咀嚼する。 「与座さんって、食べ方にも粗雑さが出てますね。今ソースがテーブルに飛びましたよ。」 「マジかー。あ、本当だ。」 与座さんが下を向き、おしぼりでざっとテーブルに飛んだソースを拭く。 「名取くんは、意外にお口が大きいんだね。」 「そうですか?僕初めて言われました。」 「大きい事は、良いことだと思うよ。大は小を兼ねるってね。はい。あーん」  室町さんが箸でアボカドを一切れ摘まむとそのまま僕の方へとそれを向けた。僕は、反射的に差し出されるままそれを一口で全部食べた。  お肉もおいしいけど、アボカドもおいしい。 「やった。名取くんの餌付け成功。名取くんて、思いっきりがよくていいね。」 「そんなことないですよ。でも、ありがとうございます。」 誉められてるのかよく分かんないけど、とりあえずお礼を言ってみる。 「白坂もあーん。」 「俺は、いいですよ。自分で食べるので。」 室町さんが、今度は白坂さんに向かって、アボカドを箸で摘まんで差し出すけど、白坂さんは自分でアボカドを箸で摘まむと一口齧った。 「たく、白坂はツレないなー。名取くんの方がノリいいよ。さっき王様ゲームしてもいいって、言ってくれたし。」  「「「王様ゲーム!?」」」 その瞬間、僕、与座さん、白坂さんの3人の声がハモった。  「名取、許可したのかよ?」 「えーと、さっき室町さんに『せっかくだから少しは合コンぽい事しよう』って言われて…。」 「それで、ゲームを許可したのか?」 「…はい。」  でも、なんのゲームをするかは聞いてなかった気がするよ。王様ゲームって、名前は、聞いた事あるけど、正直どういうゲームかは僕は知らない。リア充の方々の遊びってイメージしかないよ。 「まあ、予行練習しとくのもいいかもしれないが…。そもそもヤロー同士で盛り上がんのかよ。あれって、女がいて盛り上がるんじゃねえの?」 「そんなことないですよ。白坂、そこの余ってる箸2膳取って。それと2色ボールペン貸して。」 「了解です。初心者もいるんですし、節度はわきまえれば下さいよ。はいどうぞ。」 白坂さんが、言われるままに箸を2膳とバックから2色ボールペンを取り出し、室町さんに手渡した。。 「サンキュー。さすがに店から出禁になるようなことはしないよ。」  室町さんが楽しそうに箸の先端を赤く塗ったり、別の端には黒で何かを書きこんでいく。   どんなゲームなんだろう?出禁とか節度とかなんだか怖い。 「さて、できた。」 少しして、室町さんが、僕に見せびらかすように割り箸を手にもって広げた。箸には、先端を赤く塗ったのが1本、他の3本の箸には、1~3の数字が書いてある。  「名取くん、王様ゲームのやり方って知ってる?」  「名前だけなら、聞いたことあります。でも、ルールはいまいちわかんないです。」  「ルールは簡単だよ。まずは割り箸の先端が見えないように一斉に引く。もちろん引いたあとは自分で確認するのはいいけど、周りに見えないように気を付けてね。で、そのあとに『王様だーれだ』て、みんなで言うから、先端が赤い割り箸を持った人は、王様だって名乗り出てね。数字の割り箸の人はどの数字かバレないようにしてね。自分で確認するのはOKだよ。」 「はい。それで、あとは?」 「王様の人が数字で命令をするんだ。例えば1番が2番の肩を揉む。とか3番と2番がひとつずつ王様のいいところをあげていくとかね。」 「ああ。それなら、ちょっとどきどきするけど僕でもできそうです。」 「口頭で説明するよりもとりあえず、やってみよっか?」 「はい。」  よかったぁ。ルールは難しくなさそうで。 肩もみかぁ。僕が王様になったら、与座さんにそう言う命令もできちゃうんだね。楽しみかも。  「名取にいきなりハードな事させんなよ。」 「与座さんも白坂も誰が王様になるかも分かんないのにピンポイントで俺に釘指すの止めて下さいよ。」 「一番むちゃぶりしそうなのは、どう考えてもお前だろうが。一番節操がないのも。」 「失敬だなぁ。欲望に忠実だって言ってください。」 「同じようなもんだろ。」 与座さんが、吐き捨てるように言って、お酒を一口飲んだ。  「さーてと、つべこべ言ってないで始めますよ。3人とも引いてください。」  室町さんが、先端を隠すように割り箸を持ち、中央に向かって手を伸ばすと与座さんと白坂さんが、先端が見えないようにささっと割り箸を引いた。僕も少し遅れて割り箸を引く。  ちらっと確認したけど、僕の箸には”3”が書いてあった。 「その後は、『王様だーれだ』て、みんなで言うから、そしたら、赤い割り箸の人だけは『王様だ』って名乗ってね。数字の人は周りに自分がどの数字かバレないように注意力して。」 「はい。」 「では、いくよ。」 「「「「王様だーれだ」」」」  4人で一斉に言う。 うわぁ。誰なんだろう?王様って。 どきどきする。

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