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第12話

 「名取さん、それひとくち飲んでみてもいいですか?」 「え?これですか?」 僕は、自分のグラスを指差す。 「そう。もしかして、そう言うの苦手でした?」 「いえいえ。そういうの大丈夫です。どうぞ。飲みかけですけど。」 「ありがとうございます。ちょっとだけだから。」 僕は、グラスの底に片手を添えて、白坂さんにそれを手渡した。すると、彼は小さく頭をさげてから両手でグラスを受け取ると僕が口をつけた所とは逆のところに口をつけた。  よく人の飲み物を飲みたがる人がいるけど、白坂さんもそのタイプなのかな?僕はそういうことをしないから、なんだか自分が口をつけたグラスに人が口をつけるのって、なんだか妙にドキドキするなぁ。  僕は白坂さんの一挙手一投足に目を凝らしてしまう。   「名取さん、そんなに心配そうな顔しなくてもちゃんと名取さんが口をつけた場所とは違うとこから飲んでるので、安心してください。ちなみに俺が口をつけたのは青い線のとこです。」 白坂さんが、グラスから口を離し、八重歯を覗かせ少し困ったように微笑んだ。 「あ、すみません。そういうつもりでみてたわけじゃなかったんですけど……。手持無沙汰でつい……。」 「それとこれマッコリじゃなくてにごり酒ですよ。最初に名取さんに渡すときに俺が気づけばよかったんですけど、名取さんが飲んでるところを見てたら、酒の色がマッコリの割には白いからあれ?て、思って。」 「ええ!? これってマッコリじゃないんですか? 僕も飲んでるうちに若干違うような気はしてたんですけど、自分の味覚に自信なくて……。」 白坂さんに言われて、飲む度に感じていた違和感の理由に漸く合点がいった。 「ああ。どっちもどぶろくだから、味の系統は似てますね。でも、飲んでて度がきつく感じませんでした?たしかマッコリとビールが5%か6%で、にごり酒が15%くらいだったかな?それくらい重さが違うんですよ。」 「へえ。そうなんですか?度かぁ。言われてみれば、ビールの時はなんともなかったんですけど、にごり酒は、飲んでるうちに頭がぽわんって来てます。あと、芋焼酎の時もガツンて来たたような気がします。」 「そう、それ。それが度がきついってことですよ。」 「ああ。そっかぁ」  甘くて飲みやすいし、芋焼酎の時みたいなきつさは感じないから、すいすい飲めたけど、今は頭がぽわんとしてきて、頭の中にもやがかかっていて思考も普段よりも鈍くなってるような気はする。 「名取さん、『そっかぁ』じゃなくて酔いが回ってる自覚持ってくださいよ。」 「まだ酔ってないですよ、僕。」 「喋り方がさっきよりもゆっくりになってますよ。」 「そんなことないですよ。元からです。」  なぜか自分でも自覚あるのに人に言われると否定したくなるんだよね。 「そんなことないだろ?」 「そんなことありますぅ。白坂さん、喋り方が素になってますよ。」 「そんなことないですよ。元からです。」 白坂さんが、僕の声を真似るように裏声気味の声を出す。 「もうそれ、僕が言ったやつ。真似しないで下さいよぉ。」 「してないですよぉ」 また物真似されてしまった。 「あはは。それやめて下さいよぉ」 声は、全然違うんだけど、口調が自分でも分かるくらい似てて、ついつい笑ってしまう。白坂さんも自分で言いながら笑ってて、お互いに顔を見合わせて、笑い合う。  あれ?お酒の効果なのかな?さっきまでは、白坂さんに苛立ちを感じてたのに今は彼とお話してても全然イライラしないや。むしろ今は彼とのちょっとした会話でも楽しいってことしか考えられなくなっている。自然と頬が緩んでいるのが自分でも分かる。      「白坂、しゃべってないで早くそれ取り替えてもらえよ。」  不機嫌そうな与座さんの声が、僕と白坂さんの和やかな空間を一刀両断した。 「はい。すみません。すぐ呼びます」 白坂さんは、笑顔から真顔に戻り、与座さんに頭を下げた。    コンコン。  「失礼致します。」 白坂さんが頭を下げたのとほぼ同時に店員さんが襖を開けて入ってきた。 「申し訳ございません。先程ひとつ誤ってお持ちしたお飲み物がございまして、正しい飲み物をお持ち致しました。」 店員さんが持っているトレイの上には、小さいグラスに入った白濁の液体が乗っている。グラスも僕が飲んでいるマッコリと同じ青い線が1本入ったグラスある。 「もしかして、マッコリですか? ちょうど今その話をしていて。」 自分のグラスを掲げる。 「左様でございます。申し訳ございません。」 「いいえ。こっちこそすぐに気づかず、飲んでしまっていて。お返しした方が…。」 「いいえ。こちらの不手際ですので、そのまま飲んで頂いて構いません。」 「すみません。」 「こちらこそ誠に申し訳ございませんでした。では、こちらがマッコリになります。失礼致します。」 店員さんは、マッコリを置くと何度も頭を下げてから、去っていった。  僕は、テーブルに乗ったそれを凝視するけど、頭がぼーとして最初に渡された飲み物との違いが分からない。疑心暗鬼に陥ってしまう。  「白坂さん、これって本物だと思いますか?」 僕が、店員さんが置いていったマッコリと称された飲み物を指差す。 「名取さん、疑ってるんですか?色もにごり酒とくらべると黄色っぽいしこれは本物だと思いますよ。」 「『思いますよ。』じゃ、飲むの不安です。白坂さん、飲んでみてくださいよ」 「え?俺、毒見係?」 白坂さんが、自分を指差しながら、半分笑いながら聞き返した。 「毒見って言い方やめてくださいよぉ。味見です。」 「はいはい。味見な。いいですよ。少し頂きますね。」 白坂さんが、マッコリのグラスを揺らしてから、青い線が入ったところに口をつけた。そして、口を離すと一瞬だけ瞳を閉じてから、顔を上げた。 「やっぱり本物ですよ。にごりと比べると酸味がありますし。名取さんも飲み比べてみれば違いが分かりますよ。はい。どうぞ。正真正銘のマッコリです。」 「どうもありがとうございます。」 僕は、白坂さんからグラスを受けとると彼が口をつけた場所も意識せずにグラスを回してから口をつけた。  酸味かぁ。たしかに僕が飲んだことあるマッコリは、この味だ。後味に頭がぽわんとも来ないし、彼の言う通り本物なのかも。ひとり頷きながらもう一口飲む。  ん? 待って待って。僕、白坂さんから受け取ったグラスを回してから飲んじゃったけどさ。白坂さんが、口をつけてたのって、確か線が入ってたところだったよね?  僕の脳裏についさっき彼の唇が、青い線のところに触れた瞬間が過る。    ひゃー。間接キスしちゃったぁ‼  白坂さんに気づかれてないよね?だって、自分で飲ませておいて、そこに口をつけるのって、ただの変態ってゆーか行きすぎたファンみたいだよね。SAKUさんのファンだったのは、過去の事として認めるけど、白坂さんに関しては 今はただしゃべっていて楽しいなってだけで、本当にそれだけなんだってば。  だから、だから、神様に誓って間接キスは故意ではなく偶然なんです‼て、言いたい。  グラスを見つめながら、僕の頬は徐々に真っ赤に染まっていく。 「名取くん、どうしたの? グラス見つめたまま首振ったりして。しかも耳まで真っ赤だよ。白坂、俺がちょっと目を離してる隙に名取くんに毒でも盛った?」 「そんなことしてませんよ。名取さん、大丈夫?」 「だ、大丈夫です‼ お酒を味わってただけです。た、多分あれです。顔が赤いのは酔いが回ったてやつです。」  『間接キスしたことに気づいて動揺してました。』なんて、恥ずかしくて言えないよ。 「それなら、しかたないですけど。あんまり無理して飲まなくてもいいですよ。にごり酒の方よかったら、俺が飲みましょうか?」 「白坂さんに僕の飲みかけなんて、失礼なことできないですよ。にごりも味好きですし、ぼくが自分で飲みます。白坂さんはご自分のビールを飲んでてください。」 僕は、彼の目を真っ直ぐ見据えて、笑顔で返した。 「そう? わかりました。」 そう言って、白坂さんが、ビールのジョッキに口をつけた。  ついさっきまでは、何も意識してなかったのに彼の唇を見ているだけで、なんだか妙にどきどきしてしまう。これもお酒のせいなのかな?頭がぽわんとする感じが、普段ならなんともないものまでどきどきの対象にさせてしまうのかもしれない。  「名取くん、表情がさっきより柔らかくなったね。酔うと余計なことを考えられなくなるから、そのせいかな?」 「そうですか?」 「うん。今日ここに来た時よりも笑顔が増えてるよ。名取くんは笑ってる方がかわいいよ。」 「あ、ありがとうございます。」 かわいいって言われるのは、大人になってからは複雑な気持ちになることが多かったけど、室町さんのキラキラの笑顔で言われると、嬉しくなってしまうのが不思議だ。イケメンの顔面の効果ってすごい。彼の笑顔って広角がきゅってあがって、歯並びもいいし歯も白いし完璧なんだよね。  僕の頬は再び赤く染まっていく。 「そうやって、照れてるとこもかわいいよね。名取くん、このままもっと飲んじゃおうよ。俺の酒も飲んでみる?にごりとアルコール度数も変わんないし。どう?」 「まだ自分のがあるので、大丈夫です。」  とびきりの笑顔を向けられ、『はい』て、言いそうになる心を抑えて、僕は、中途半端に残った2つのお酒をチラチラ見ながら、今の誘いを断った。    ガチャン。  与座さんが、音を立ててグラスをテーブルに置いた。  「室町、名取酔わせる前にとっとと話をはじめろよ。」 「はいはい。名取くん、今ある2杯を飲み終えたら、考えておいてね。」 「あ、はい……。」 室町さんに目を見て見つめられたまま笑顔を向けられ、僕は思わず頷いてしまった。  やっぱり、室町さんには敵いそうにないや。

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