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第13話

 「じゃ、はじめますか。」  室町さんが、僕たち3人を見渡した。  僕は、マッコリからにごり酒に持ち替えてから室町さんの方を見た。    「俺が苦手なのは、高いところですねえ。特に足場の悪いところ。電球取り替えるときに脚立に乗ったりとかホント無理って感じですよ。うちの大学、せめて事務所のだけでも蛍光灯止めてLED一体型にしろよって思いますもん。」 「そうだったのかよ。そういや、俺がそっちにいた頃は、俺が蛍光灯取り替えてたような気がするな。それで、白坂が来てからは白坂に押し付けてたっけか。今も白坂に任せてるってわけだろ?背高いし、適任だよな。よかったな、デカいのが来て。」 与座さんが、グラスの氷を揺らしてから、それに口をつけた。  前に飲み会の時に聞いたことがあるけど、与座さんは2年半くらい前までは室町さんや白坂さんがいる日野キャンパスにいたらしく、それで、日野キャンパスの人たちとも今でも飲んでいるみたいだ。  「ま、そうですね。どうせ俺がやることはほぼないんで脚立乗れないのバレずになんとか過ごせてますよ。でも、1、2ヶ月くらい前だったかな?俺より背の高い派遣の女の子とふたりっきりの時に蛍光灯が切れて、さすがにその子に押し付けるわけには行かないし、ヤバかったですね。ちょうど白坂が、事務所に戻ってきてくれたから助かったんですけど。あの時は、ホント白坂に惚れそうになりましたよ。あれが与座さんでも、そうだったかも。」 「え“!? 俺でもって、どういう意味だよ。」 「あはは。言葉のあやですって。それくらい脚立無理なんですよ、俺。」 「ああ。だから、蛍光灯取り替えただけなのにコーヒー奢って貰えたんですね。」 白坂さんがビールを片手に室町さんを見る。  「そうそう。ププッ。」 室町さんが、突然白坂さんの肩に顔を埋め、肩を震わせ笑いだした。 「なんだよ、いきなり。」 与座さんが、突っ込む。 「すみません。白坂がコーヒーとかいうから思い出しちゃって。あははっ……」 室町さんは、白坂さんの肩に手を添えて、一旦顔を上げるけど、堪えきれず再びその肩に顔を埋め笑いだした。 「室町さん、ひとの肩で涙拭かないで下さいよ。ほら、ハンカチでよければ貸しますから。」 「おお。サンキュー。月曜日洗って返す。」 白坂さんがジャケットのポケットからさっと紺地に細かいドット柄のハンカチを取り出すとそれを室町さんに手渡した。そして、室町さんはそれを受けとると目の端に浮かぶ涙を拭き、自分のスラックスのポケットにしまった。 「洗わなくてもいいですよ。使い終わったらそのまま返してくれれば。」 「いいって。ホントおまえのそういうところあれだよな。」 「なんですか?あれって。」 「あれはあれだよ。名取くんならわかるかも」 「え?すみません。僕もわかんないです。」 いきなり室町さんに話を振られ、僕は意図が理解できずに即答してしまった。 「そっかぁ。同意してくれると思ったんだけどなぁ。あはは。なんかホント白坂ってもったいなさすぎるわ。あははっ………」 室町さんはポケットから白坂さんから借りたハンカチを取り出し、涙を拭う。  あれってなんだろう?  僕には室町さんが言ってた『あれ』の意味はわかんなかったけど、今日この数時間白坂さんを見ていて、彼がいつなんどき誰にでも優しいっていうのは、分かったよ。嫌いな蛾すら、雨が降ってるか確認してから外に放させてたしね。  白坂さんの彼女になる人は、きっと普段以上の優しさを注いでもらえるんだろうなぁ。   にごり酒をちびちびと飲みながら、ぼんやりと考える。  「ひとりで爆笑してないで、コーヒーがどうとかってやつを話してみろよ。」 与座さんが、急かす。 「そうでした。話すつもりが思いだし笑いしちゃって。こいつの事なんですけど……。」 室町さんが、白坂さんの腕に手を添えた。  「その日、残業中に白坂にコーヒー奢ってあげようと思って、自販機に一緒に行ったんです。そしたら、自販機のコーヒーのブラックのボタンに蛾が止まってたんですよ。こいつ、蛾にビビりすぎて普段ブラックなのにブラックから離れたとこにあるカフェオレのボタンを押すんですよ。そのカフェオレを押す時もちょー慎重だし、めっちゃへっぴり腰でして。いやあ、あのビビり方はびっくりしますよ。100年の恋も冷めるような感じで。」 「マジか!? 白坂って、虫だめなのかよ? その見た目で。」 室町さんが話し終えるとすぐに与座さんが、銜えかけた煙草を外し、驚きの声をあげた。  やっぱり、僕じゃなくても白坂さんの虫嫌いを最初に知っときは”その見た目で”って、思うし、ビビり方にもびっくりするよね。  でも、僕もふたりと同じこと思ったけど、白坂さんが悪く言われるているのを見るのは、不快だなぁ。  白坂さんだって好きでその容姿で生まれたわけでも、好きで虫嫌いに成ったわけでもないのに。もしも僕みたいなちびっこいのが虫嫌いでも『その見た目で』て、言われる事はないんだろうしね。  今、改めて考えると勝手に自分の中でイメージを作って、勝手に幻滅してイライラしてそれを本人にぶつけるなんて、僕がした態度ってすごく最悪だったんだ。  『与座さんたちの前では名前で呼ぶな。』とか、むしろ僕の方が白坂さんに『与座さんたちの前であんまり自分に絡むな。』とか、言われてもおかしくない立場のはずなのに彼は、変わらず僕に優しく気さくに接してくれてたなぁ。  謝ったところで、意味がないけど、さっきの自分の態度を白坂さんに謝りたい気分だよ。  「それ、『その見た目で』ってやつガキの頃からよく言われるんですよね。そっちに関しては慣れたんですけど、虫はマジ無理ですね。特に飛ぶ系の虫が無理オブ無理です。恐怖しかないです。ちょっと、室町さん、俺、虫嫌いの話をしようと思ってたのに先に言わないで下さいよ。他の話考えてなかったですよ。」 白坂さんが、ジョッキを片手に苦笑いを浮かべた。 「あはは。ごめんごめん。じゃあさ。虫嫌い失敗エピソードは?あれ以上のすごいあったら、そっち聞きたいな。」 「ああ。あれですか。それ以上のは、ないっすねえ。あれは、7、8年くらい尾を引いてるんで。」 「マジかー。そっか。19だっけ? めちゃいい時なのに。うわぁ。」 室町さんが、白坂さんの肩にポンと手を置き哀れむような目で見つめた。  7、8年も尾を引いてる事ってなんだろう?かわいそうなお話ぽいけど、めっちゃ気になる。 「お前ら『あれ』とか『それ』とかふたりでつべこべ言ってないで、早く話せよ!!」 与座さんの怒鳴り声が、個室に響く。  与座さん、目が座ってるし、王様ゲーム用の割り箸をブンブン振り回してるし、結構酔ってるのかな?色んな意味で近寄りがたいよ。  僕は、箸に当たらないようにちょっとだけ、端に寄った。 「すみません。早く話しますね。その前に箸を振り回すのを止めて下さい。名取さんに当たりそうですよ。」 「おお。悪い、名取。んな、箸が怖いからって端に寄んなよ。ガハハ。」 「あは……あはは。はい。はは……」 与座さんが、僕の肩に腕を回し肩をポンポンと叩きながら、陽気に笑いだした。彼が楽しそうなのはいいことだけど、叩かれてる肩がちょっと痛い。  僕は、引きつった笑みを浮かべたままそっと腕を(ほど)き元の位置に戻った。  そして、白坂さんにお礼の意味を込めて小さくお辞儀をした。だけど、彼は僕を見ることなく与座さんの方を向いてしまった。  ついさっきまでだったら、僕のちょっとしたリアクションでも微笑みで返してくれたのにな。あの微笑みを向けてもらえないのがなんだか淋しい。  

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