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第21話

  待って。待って。待って。  僕は、みんなに見えないようにチラチラと割り箸の先端の色を3度見くらいしてしまった。  だって、だって、どう見ても先端が赤いんだもの。  どうしよう。いざ王様を引いてみると命令が思いつかないよ。  3人にやってほしいことでしょ。僕には、3人に命令をするってこと自体が、ハードル高すぎて命令する前から緊張しちゃうよ。  困ったなぁ。  「名取、挙動不審だけど、どうした?」 「あ、いえ…」 与座さんに声を掛けられ、目を泳がせる。 「与座さん、名取くんをいじんないであげてください。時間も時間ですし、いきますよ。」 「おお。」  「「「王様だーれだ」」」 僕以外の3人が声を合わせた。  「……あの、僕です。」 割り箸の先端を上にし、赤い印がみんなに見えるように持ち替え、僕は恐る恐る名乗り出た。 「やっぱ、思ってた通り名取くんかぁ。」 「そんなに挙動不審にならなくてもいいのにさ。もっと王様なんだから、堂々としてろよ。」 「そうなんですけど……。だって、いざ自分が王様になるとなにすればいいか分からなくって……。」 「普段聞けないことを聞くとか普段してもらえないようなお願いするとか。個室だし、多少のことならOKだよ。例えば服を1枚脱ぐとかでもね。与座さんも中にタンクトップ着てるし、スラックス脱いでもパンツはいてるだろうし。与座さん、もしかして今履いてなかったりしますか?」 「ふざけんな。履いとるわ!!」 「ああ。よかった。ほら、さっき……」 「さっき?」 僕が、小首を傾げて聞き返す。 「なんでも、ないさ。室町、余計なこと言うな。で、どうすんだよ。何番がなにすればいいさ。」  与座さんが、なぜかひどく狼狽えるような素振りを見せ、語気を強めた。  「もうちょっとだけ時間を下さい。ちょっと今考えます。」 「じゃあ、1分な。」 「ええ!?」 「与座さん、名取くんに当たらないで下さいよ。」 「はぁ!? ちげーさ。あと58秒」 「ひゃー。」 僕のリアクションは、お構いなしに与座さんは、スマホを手にすると淡々と時間を告げた。    ヤバい。早く決めないと。  服を脱ぐかぁ。  うわぁ。僕、さっき白坂さんが上着を脱いだだけでどきどきしてたから、目の前でさらに一枚脱がれたら、逆に目が冴えて眠れなくなっちゃいそうだよ。ましてやスラックス脱いで、パンツになってもらうなんて、鼻血が出ちゃうよ。脱いだ状態もドキドキなんだけど、脱ぐっていう行為が、僕のどきどきを煽っているような気がするんだよね。  だから、脱ぐのは却下。もっと健全なのがいいな。  どうしよう。うーん。  ふぁあ。僕は必死にあくびを噛み殺す。  ヤバイ。ヤバイ。目の端に浮かぶ雫を指で拭って頭を振る。 考えれば考えるほど思考が止まりそうで眠くなってきちゃったよ。  そうだ。いいこと思い付いたよ。  この際、眠気に任せてちょっとだけなら、いいよね?  ピンポイントで、白坂さんを狙うには僕には観察力と推理力が無さすぎるから、3人全員にやって貰おうっと。    ピピピピ。  「決まりました。」 電子音が鳴るのと同時に僕は、3人の顔を見渡した。  「やればできんじゃん。時間ギリだけどな。」 「まあまあ、与座さん。決まったんだから、いいじゃないですか。名取くん、途中、おねむじゃなかった?」 「だ、大丈夫です。」 「そう?じゃあさ。こいつの番号教えてあげようか?こいつ全然参加してないし、最後に参加させてあげて。多分、分かるよ、俺。」 室町さんが、白坂さんの肩に手を置く。 「ずるはよくないですよ。僕は正々堂々とお3人にやってもらおうと思ってます!!」 僕は、残りのお酒を全部飲んだ。 「おお。」 室町さんが感嘆の声をあげる。 「おいおい。」 「名取さん、大丈夫?」 僕を心配する白坂さんと与座さんの声をスルーして、ちょっと頭がぽわぽわするけど、 「1番さんから順番に2分ずつ僕に膝枕をしてください。」 3人の顔を見渡しながら、高らかに命令した。  「膝枕ね。了解。時間計るのは、どうする?1番の時は2番で、2番の時は3番で、3番の時は1番でって感じでいいかな?」 「はい。」 室町さんの提案に僕は、勢いよく返事を返した。 「別に名取を膝枕すんのは、いいけどさ。誰が3番だかわかんないけど3番に行く前に寝ちゃわないか?」 「大丈夫ですよ、多分……」 「多分……か。もし寝たら次のやつが起こせばいいよな。」 白坂さんが、ちらりと八重歯を覗かせ微笑んだ。    なんか起こされるのもいいかもしれない。白坂さんに起こされる自分を想像し、口元が緩みそうになるのを手で抑えてごまかす。  「名取くん、ホントに眠そうだね。さてと名取くんが寝ちゃう前に始めますか。1番は、俺です。」 室町さんが、自分の番号が見えるように割り箸を持ち替え、僕たち3人ひとりひとりに見えるように動かした。 「どうする?そっちの方が広いから、俺がそっちにいこうか?」 「は、はい。お願いします。」 「了解。」 室町さんは、割り箸をテーブルに置き、白坂さんの肩に掴まり、座席に立ち上がった。 「足元気をつけて下さいね。」 「はいはい。」   そして、彼は白坂さんの肩と壁に手を添えながら、覚束ない足取りで隣のテーブルと僕たちがいるテーブルの間まで移動した。僕の眠気よりもヤバイけど椅子から落ちそうになるだけあって室町さんの足腰も相当ヤバそうだ。  大丈夫かな?僕よりも室町さんの方が落ちちゃわないか心配だよ。  僕は、室町さんの行動を見守るように目で追う。  ふらふらとしつつも室町さんは、ストンとその場に正座をした。  「名取くん、おいで。」  「……。」 僕の方を向き、口角をきゅっとあげて、微笑んだ。それは、ついさっきまでとは違って、へらへらとした違って、まさにイケメンスマイルって感じで、数十分ぶりにどきどきしてしまった。 「どうしたの?来ないの?」 彼は、自分の膝をトントンと叩き、僕を呼ぶ。 「い、行きます。」 膝枕って、命令したのは僕だけどさ。いざ”される。“と、なると緊張するなぁ。  僕は、テーブルの端に掴まり、座席にゆっくり立つと室町さんの隣に正座をした。  ふらっとした瞬間に肩が少しだけ触れ、ますます緊張感が増していく。  両手をグーにして、両膝に置き僕は俯く。  コツコツ。テーブルを叩く音が聞こえ、僕は顔をあげた。  「名取、隣に座って落ち着いてどうするさ。俺が計る準備してんだから、とっとと寝ろよ。」 与座さんが、スマホを持ち、もう一方の指でテーブルを苛立たしげに叩く。 「与座さん、ホントそう言うトコですよ。名取くん、緊張しないで大丈夫だから、ほらほらおいで。」 どこかの誰かさんと違ってさりげなく、肩に置かれた手が優しい。がしって感じじゃなくてふわって来るんだよね。それにお酒が、入ってるのに仄かに漂ういい匂いが、今でも健在なのがすごい。  「はい……。」  彼に吸い込まれるように僕は、ゆっくりと体勢を崩した。そして、頭を彼の膝に乗せ、口を閉じて気をつけの姿勢のまま上を見上げた。 「名取くん、体カチカチだよ。そんなに緊張しなくていいのに。」 「しますします。」 「まずは肩の力を抜いて、せめてお腹の上に乗せようか。」 「ぁ……。」  ふわり。  温かい感触に僕の手が包まれたかと思うと室町さんが笑みを浮かべながら、僕の両手を手に取るとそのままお腹の上に乗せた。僕は下から彼を見上げたまま、小さく呟く。  肩に触れられるのもどきっとするけど、手を握られるのが一番心拍数が上がるなぁ。緊張のしすぎで、眠気も飛んでいっちゃいそうだよ。 「名取くん、そんなに目を真ん丸にして俺のこと見なくていいよ。ホントに君ってこういうのに免疫ないんだね。」 「は、はい。」 「でも、そのわりには、命令は大胆だよね、膝枕だなんて。そこが君のおもしろいとこだけど。」 「……。」 喋りながら、彼の綺麗な指が、僕の指の間を縫うようにゆっくりと入り込んでいく。  「与座さん、ちゃんと計ってくださいね。」 「わかってるさ。今、押したとこだっつーの。それよりも名取が嫌がることすんなよ。」 「はいはい。名取くん、イヤ?」 「そ、そんなことないです、全然……。」 「よかった。」 緊張感はあるけど、嫌悪感は、全くない。  下から眺めても室町さんの微笑みは、甘くて綺麗だ。  イケメンって、別世界の住人だよね。  自分で課した命令だっていうのに彼に膝枕をされていると、まるで擽られた時みたいな甘い拷問を受けているような気分だ。  「……。」 「……。」 僕は、そのままぼんやりと彼の顔を見上げていた。  ピピピ。少しだけ訪れた静寂を切るように、電子音が、鳴り響いた。  「おーい。名取終わったぞ。時間ないから室町、早く場所変われ。」 与座さんの声が、一気に僕を現実に引き戻した。  室町の指がゆっくりと僕の指から解かれていく。  あーあ。終わっちゃった。  時間を計る人が次の人って、ことは次は与座さんかぁ。  与座さんの膝って固そうなイメージだな。  「名取くん、寝ちゃうかと思ったけど、ずっと目を爛々にあけっぱだから、笑いそうになっちゃった。」 「ええ!? あの微笑みって、笑い堪えてただけだったんですか?」 「うん。そうだよ。」 「全然分かんなかったです。」 「あはは。そういうのは、気づかれないようにしないとね。でも、寝てないってことは俺の膝じゃ癒されなかったんだね。寝かす自信あったのに。」 「いえいえ。そんなことはないです。室町さんのお膝は、ほどよいあったかさとアロマテラピー効果があるんで全然癒されると思います!!」 未だ彼の膝を枕にしたまま僕は、捲し立てる。  「名取、起きろよ! 次だぞ。」 与座さんが、しびれを切らしたように怒鳴る。 「はいはい。名取くん、ごめんね。」 「いいえ~。ありがとうございます~。」 室町さんが、僕の背に手を添えて上体を起こしてくれた。 「じゃあ、俺は席に戻るね。」 「はーい。」 僕は、座ったまま自分の席に戻る室町さんの背中を見送った。  

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