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第16話

 家庭教師三日目。  いつもの通り空の部屋をノックすると、 「勝手に入れ」  またもや偉そうな返事が返って来る。  ……あいつ、なんかだんだん俺に対して遠慮ってやつがなくなってきてないか。  憮然とした思いで雪人がドアを開けると、 「ちょっ……おいっ空! 危ない……!」  椅子の上に分厚いクッションを乗せ、その上に乗って、本棚の上にあるものを取ろうとしている空の危なっかしい姿が目に飛び込んできた。 「大丈夫。この上にある写真が取りた――」  そこまで言った次の瞬間、空は案の定バランスを崩し椅子から落ちそうになる。 「空っ……」  雪人は持っていた鞄を投げ出すと、落ちて来る空の体を受け止めた。 「……ったー」  雪人の反射神経のおかげで床に叩きつけられることはなかったが、それでも椅子から落ちた衝撃は、痛覚が鋭い空にとってはものすごい痛みだったようで。  声も満足に出せずに苦痛を訴えている。 「大丈夫か?」  空を抱えたまま、雪人が聞くと腕の中で瀕死の声が呟く。 「……大丈夫……」 「……じゃないみたいだな。まったく無茶すんなよ」 「うるさい、な……」 「どこが痛むんだ?」  雪人が再び聞くと、今度は小さな声で素直な答が返って来た。 「……っ……背中」  雪人は少しでも空の痛みが楽になるようにとそっと背中を撫でてやる。すると次第に空の顔から苦痛の色が消えていく。 「もういい……痛くなくなった……ありがと」    生意気な空には珍しく殊勝にお礼の言葉を口にしたあとポツリと付け加えた。 「先生って、ドクターハンドだな」 「は?」 「だって、先生が撫でてくれたらすぐに痛みが引いたから。こんなこと初めてだよ」 「ああ……医者の手ね……。そんなすごいものじゃないけど……」  ただ空が苦しむ顔は見たくないだけで。 「……それはそうといったいなにを取ろうとしてたんだ?」 「え? ああ……写真」  空は床に落ちていた一枚の写真を拾って、雪人へと渡してくる。 「見ていいのか?」 「ん」  それは空の家族と思われる写真だった。  死んでしまったという空の家族が楽しそうに肩を寄せ合って笑っている。みんな空と同じ真紅の髪と瞳をしていた。 「その写真、ずっと見るのが辛くて。でもなんだか急に見たくなって、あんたにも見せたくなった……」  ゆっくりと言葉を紡いでいく空の頭を雪人はやさしく撫でてやった。  化学の問題を解く空の横顔を見ながら、雪人はひどく戸惑う自分の気持ちを持て余していた。  まだ四度しか空とは会っていない。  なのに、雪人は既に空に強く惹かれている自分を自覚せずにはいられなかった。  エイリアンという空の特殊性に単に興味を持っているだけなのか。  それとも、あまり考えたくはないが、恋の始まりなのか。  今の雪人にはまだどちらか分からない。  ……いや。だめだろ。空に恋愛感情を持つのは。だってこいつはまだ十五歳の高校一年生。    雪人から見ればまだまだ子供である。  雪人が今まで恋愛関係になったのは全員が同い年か年上の女性ばかりだった。  それが、六つも年下の高校生、しかも同性。その上エイリアン……。  雪人にしてみれば三重の禁忌だ。  絶対に空だけは好きになってはいけない。  雪人は強く自分に言い聞かせる。  しかし、恋愛に手慣れているはずの雪人も気づいていなかった。  好きになってはいけない、と思っている時点で既に恋が始まっていることを。

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