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第24話
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雪人の形のいい唇が空の唇へ触れた瞬間、体中に快感が電気のように走り抜けた。
自分のものではないような甘ったるい声が零れ、足元も危うくなり雪人の体にしがみつく。
空の細っこい体を危なげなく受け止めてくれる雪人の大人の男の体。頭の中がジン、としびれるような感覚は初めて覚えるもので。
「……ら? 空? 大丈夫か?」
ふと気づけば、雪人の端整な顔が心配そうに空をのぞき込んでいた。
「……大丈夫……」
いつものきつい声は、今は甘くか細く、まるでもっとキスを強請っているように響く。
それが恥ずかしくて、空は雪人の胸に顔を埋めた。
「……ごめん。急に。空」
繊細な硝子細工でも扱うように、空の背中をそっと撫でてくれる雪人の大きな手が心地よい。
なにもかもが空にとっては初めてのことだった。
恋人同士のように手を繋ぎ合うことも、キスも、抱きしめられることも……。
しかもそれを不快に感じるどころか、体の奥が疼くような快感を覚えるなんて。
「謝らなくていい」
やっとのことでそれだけを口にして、空はそのまま雪人に寄り添い続けた。
どれくらいの間そうして雪人の腕の中でジッとしていただろうか。
海から吹き付けて来る夏とは思えない冷たい風に、空が震えると、雪人は耳元で囁いた。
「寒い? 空」
「……ちょっとだけ……」
「そろそろ帰ろうか。風邪を引いたら大変だから」
耳朶にかかる吐息がくすぐったい。
二人手を繋いだまま車が止めてある場所まで歩き、乗り込んだ。
「このあと、どこか行きたいとこあるか? 空」
ハンドルを握りながら、雪人が聞いて来る。
その表情にも声にもさっきまでの甘いムードはなく、いつも通りの余裕のある大人の顔に戻っていた。
……俺がこんなに心臓バクバクさせているっていうのに。
空は切なさと腹立たしさを覚える。
さっきのキスはなんだったんだよ?
地球人は誰にでも簡単にキスをできるものなのか?
助手席で一人悶々とする空へゆっくりと雪人の手が近づいて来た。大きくて骨ばった手は少し臆するように髪に触れ、そのままやさしく撫でてくれる。
くやしいけど、雪人に髪を撫でられるのは気持ち良くてたまらない。
「空……?」
その声にさえ、空の鋭い感覚は反応してしまい、胸を昂らせてしまう。
「……あんたの家へ連れてって」
「え?」
「だから先生の家に泊めてくれって言ってんだよ」
挑むような空の口調に、雪人が目を見開いて驚いている。
その表情がなんだかかわいくて、空の苛立ちが少しだけマシになる。
「でも、それは……」
「なんだよ? 先生の家に俺が行ったら、なんかまずいことでもあるの?」
あからさまに困った様子を見せる雪人にまた苛立ちが戻って来る。
もしかして女の人と暮らしているとか。
雪人の口からそう言った話を聞いたわけではない。それ以前の問題だ。空は雪人の私生活をなにも知らない。
「いや。別にそういうわけじゃないけど」
「じゃ、いいな。今日は先生ん家へ泊まる」
「でも、おまえのご両親が――」
「母さんには俺から言っとく」
空はポケットからスマホを取り出すと、母親に電話をかけ、雪人の家に泊まることを承諾させ、電話を切った。
「ほら、これで問題ないだろ?」
勝ち誇ったように言ってのけると、
「ほんっとわがまま」
雪人は呆れたように呟いた。
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