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第40話
激しいセックスに疲れて眠る空をいつものように腕枕してやり、幼くも端整な寝顔を見つめる。
……結局、空の様子がなぜ急に変になったのか聞きそびれちゃったな。
そんなふうに思いながらも、雪人はなんとなくその原因に心当たりがあるような気がしていた。
あのとき外を歩いていた紅い髪の男。空もあいつを見たんじゃないか。もしかしてあいつは空と同じ星の住人なのでは……。
そんなふうに考えるのは突拍子もないことだろうか。
「空に直接聞くしかないな」
スースーと寝息を立てる恋人を見つめながら雪人は小さく呟いた。
その夜、雪人は悪夢にうなされた。
なにか得体のしれない恐ろしいものに追われる夢だ。
戦おうにも自分では全く歯の立たない相手だと本能が告げている。でも逃げ出そうにも足が竦んで動かない。
間近に迫って来るそいつを思い切り突き飛ばしたのと同時に雪人は目を覚ました。
気づけば腕の中にいる空もまたひどくうなされている。
「空! 起きろ……空、空!」
「……っ……やだぁ……来るなっ……」
目を覚ました空はまだ悪夢に半分意識が奪われているのか雪人の腕の中でもがいている。
雪人は空に頬を引っ掻かれながらも、抱きしめるのをやめないで、何度も空の名前を呼んだ。
「空……、俺だよ。空!」
「……雪、人……?」
「どうした? 怖い夢見た?」
真紅の細い髪をやさしく撫でてやりながら問いかけると、空はようやく安心したように体から力を抜いた。
「……すっごく怖い夢、見た」
まだ少しだけ怯えを引きずり、小さく震える空を抱きしめたまま、雪人はあえて明るい口調で訊ねてみる。
「いったいどんな怖い夢を見てたんだ?」
「……憶えてない。もういいじゃん」
はっきりと目が覚めた途端、いつもの強気な少年に空は戻ってしまったようだが、雪人にはそれが強がりに映ってならない。
もしかして、と雪人はあることに思い至る。
俺が見ていた悪夢は空が見ていた悪夢だったんじゃないか。
空にはテレパシーの能力があるから、同じ夢を共有しても不思議ではない。
「雪人ってば」
空に呼ばれて、雪人は物思いから覚めた。
「あ、なに? 空」
「ほっぺた、血が出てるけど、もしかして俺が引っ掻いた?」
真紅の瞳が心配そうに揺れている。
「え? ああ……これか? 別にそんなんじゃない」
薬をつけるほどでもない、放っておいてもすぐに治ってしまうかすり傷だ。
「雪人の顔、綺麗だから目立つよ……」
空は言うと、雪人の傷に自分の唇を近づけ、紅い舌でペロリと舐めた。
「これでいい」
「え? ……あれ?」
雪人が頬を触ってみると、そこにはもう傷の感触はない。
かすり傷ながらもついさっきまでは血が出ていたはずなのに。
思わずまじまじと空を見つめると、
「俺の唾液には怪我を治す成分が含まれているんだよ。大きな怪我は治せないけど、軽いものならすぐに治せる」
そんな答えが返って来た。
言い方は偉そうなのに、空の表情はなぜか悲しそうに見えた。
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