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第45話

「……雪人……」  空が贈られた指輪と雪人の顔を交互に見つめる。深く澄んだ真紅の瞳に涙が滲む。  しかし次の瞬間、空は指輪を薬指から外してしまう。 「ごめん……雪人。この指輪、受け取れない」 「え……?」 「ずっと一緒にいることなんてできない」  空の口から信じられない言葉が飛び出してくる。 「どうして……!?」 「…………」  空はなにも答えず目を伏せてしまう。 「空!」  雪人が強い口調で名前を呼ぶと、空は体をびくつかせながらも今度ははっきりと告げる。 「地球人とエイリアンなんて、結局うまくいきっこない」 「どうして急にそんなこと言うんだ? 現に俺たちずっとつき合ってきたじゃないか。どうして……空……」 「でも、無理なんだ……」  空はふるふると首を横に振って雪人を拒絶する。二人の上に言いようのない気まずい沈黙が降りて来る。  それを破って空が立ち上がる。 「ごめん。俺、今日は帰る」 「空!」  雪人はとっさに手加減せずに空の手首をつかんでしまった。 「痛っ……」  途端に空の顔が苦痛に歪み、雪人は慌てて手を離す。そのわずかな時間に空は猫のような素早さで雪人の傍から離れた。 「本当にごめん……雪人……」  弱々しい囁き声を残すと、空はもう雪人の方を見ようともせず、部屋から出て行ってしまう。  雪人は一人部屋に取り残され、テーブルの上には指輪がポツンと寂しそうに置かれていた。 『好きな相手じゃないとあんなふうになんて、ならないっ』 『俺、一人だけイクのは嫌だし、中途半端なのはもっと嫌だ』 『ちゃんと最後までして欲しい……』 『雪人になら、なにされてもいいから……』 『俺を、壊して……』 『雪人……抱いて』 『俺も、好き……雪人が大好き』  今まで空が雪人にくれた何よりも幸せな時間が、甘い囁きが、腕の中で艶めかしい声を上げて乱れる姿が脳裏に蘇る。  恋人だと思っていた。でも、違ったのだろうか?   空にとって俺は一体なんなのだろう。  雪人はテーブルの上に置かれたままの指輪に視線を向けた。  まだ高校生の空には、指輪のプレゼントは重すぎたのかもしれない。 「……そうだよな。まだあいつは十五歳だ。将来を縛るようなものを贈られても困るだけか……」  結局、自分の気持ちだけが空回りしていただけという現実に雪人はひどく落ち込む。 『ずっと一緒にいることなんてできない』 『地球人とエイリアンなんて、結局うまくいきっこない』  まさかあんなふうに言われるとは思ってもみなかった。  男同士だとか、異星人だからとか、そういったものをも超えて、俺たちは一緒にいるんだと信じ込んでいたから。  思えば空の様子が激変したのは一昨日、喫茶店にいたときだが、それ以前から時々空は沈んだ顔を見せることがあった。俺はそれを家族を失った悲しみから見せるものだと思っていたけど、その他にも理由があったのだろうか。  どれだけ考えても答えが出るはずもなく。  キスを交わし、体を一つに繋ぎ、誰よりも空の近くにいると思っていた自分。けれども。  空の故郷での暮らしのことについてはほとんど知らないことを今更ながら突きつけられた。    雪人は視線を指輪から、今空が出て行った扉へと向ける。  もし、もう二度と空があのドアを開けてこの部屋へ来ることがなくなってしまったら……。  雪人の体に身を破るような不安が込み上げた。

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