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第46話
その日の夜、雪人はもう一度空に会いに行くことにした。
指輪を贈ったのは自分の性急な行為だったかもしれないが、別れを予感させる言葉を最後に、部屋を出て行かれたままなんて耐えられなかった。
空の自宅前に着きインターホンを押すと、しばらくの間のあと、母親が応答した。
『はい』
「あ、すいません。本町です。あの、空くん、いますか?」
『は?』
インターホン越しに空の母親の訝しげな声が返って来る。
『どちらさまでしょうか?』
――――え?
「あ、あの、俺です。息子さんの家庭教師の本町雪人――」
『おうちをお間違えじゃないかしら? うちには子供はいませんけど』
訝しげな声ははっきりと警戒したそれになり、インターホンはプツリと冷たい音を立てて切れてしまった。
いったいこれはどういうことだ……?
まったく訳が分からず、雪人は混乱したが、空が言っていたことを思い出す。
地球での両親は子供を欲しがっていた夫婦で、催眠暗示をかけて自分の母親と父親になってもらっていると。
まさかその催眠暗示を解いて、空は出て行ってしまった?
先ほどの母親の態度からして、それしか考えられなかった。
どうして? 空。どうして……?
雪人は足先から凍り付いてしまいそうな恐怖に駆られる。
俺にもなにも言ってくれず、どこへ行ってしまったんだ? もしかして自分の星へと帰ってしまったんじゃ……。
そんなことになったら、もう二度と空とは会えない。
不安と恐怖のあまり酷い頭痛とめまいに襲われ、雪人はその場にしゃがみ込んでしまう。
「なんで、空……、空……」
声が苦し気に掠れる。息が苦しい。
そのとき不意に雪人の脳裏に、初めて空と出会ったUFOが浮かんだ。
……空はあそこにいるのかもしれない。
雪人は勢い込んで立ち上がると、駅へ続く道を走り出す。
あのUFOの存在だけが今の雪人のただ一つの拠り所だった。
そんなに簡単に離すものか……。
まだ自分は何も聞いていない。
時々見せていた憂い顔の理由も、喫茶店で見かけたあの男のことも。それに。
本当は俺のこと、どう思っているのか……。
二人で過ごした濃密で幸せな日々を、空は本当に忘れてしまえるのかということも――。
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