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第二章・黒龍の鱗②[改訂]
其の日太宰が失踪した。
太宰の失踪は今に始まった事では無く、亦どうせ何処かの川を流れて居るのだろうと気に留める探偵社員は居なかった。――唯一人敦を除いては。
常日頃から太宰に無理難題を冗談紛いに押し付けられていた敦が尋常では無い様子で太宰を探し、時には乱歩の【超推理】にまで縋る。日常である太宰の自殺癖と、非日常である敦の焦燥。流石にただ事ではないと感じた国木田は漸く二人の間に何かが起こって居た事に気付いた。其れも恐らく敦の悪癖に一因が在ると、気付かない程国木田も鈍感では無かった。
――同時刻。
芥川は川を流れる太宰の脚を発見していた。正確にいうのならば其れは偶然の発見では無く、常日頃から任務以外の時間凡てを太宰のストーキング、もとい監視に費やしていたからこそ成せた所業である。
芥川のみならず誰の異能も太宰に触れる事は出来ない。触れようものならば太宰の異能【人間失格】に拠って無効化されてしまう。それでも今此処で太宰を見逃す訳にはいかない芥川は自ら川に脚を踏み入れ、意識を失った儘の太宰を河川敷へと引き上げた。
「…………太宰、さん」
四年前自分を置いて出て行った上司が、再度邂逅するも逃走を許してしまった上司が今完全に無防備な状態で目の前に居る。其の躰は死体の様に冷たく、顔色は普段に増して蒼白い。
原因が誰に在るのかは判っていた。芥川にとって憎き宿敵人虎。自らと同じく太宰に拾われた処迄は変わり無い。才能を見出されただけではなく太宰に認められ傍に居続けるだけでも芥川にとっては万死に中る行為だった。然し其れだけでは無い。芥川は見てしまったからだ。
「……何故に……」
人虎に躰を許したのか。認められなかった自分は其れすらも許されず。太宰に認められる為だけに費やした日々を嘲笑っているかの様にも受け取れた。
「……僕が貴方に懸想して居た事、存ぜぬ貴方では無いだろう」
ずっと追い続けて居た越えられぬ大きな背中が今此処に在る。此の手で息の根を止める事も容易い。芥川は包帯の巻かれた白い頚に利き手を添える。今此処で永遠にする事が出来るのならば――
自嘲の笑みを零してから芥川は太宰を肩に担ぎ上げる。以前は決して超えられないと思っていた大きな背中が今はこんなにも易々と抱き上げる事も出来て仕舞う。
――成長していない等とは云わせない。太宰を連れて芥川は河川敷を後にする。
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