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自慰の最中に……

月も顔を出さない真夜中のことだった。空哉は家族が寝静まったのを耳をそばたてて確認すると、布団の中で自分のぺニスを取り出した。  可憐な美少女といたしてしまう夢を見てしまってから、思わず夢精してしまったのだが、目が覚めてもなかなか熱が収まらなかったのだ。  そして、今夜は珍しくアレクもやって来ないで、部屋の隅で眠っているようだった。アレクのせいで人並み以上に性欲が旺盛になってしまった自覚がある空哉は、毎日自慰行為、もしくはアレクに舐められて放出しないと我慢がならなくなってしまった。  夢精だけでは足りないと訴える体に応えて、竿に手を当てて上下に擦り始める。部屋中に空哉の欲情にまみれた呼吸音が満ちてきて、声を抑えながら射精を促すようにカリを弄り続けるが、いっこうに思ったような感覚は訪れない。あと一歩、もう少し、そう、あの湿ったものに包まれたい。  思わず生じた想像は、やはりアレクの舌だった。この間アレクにされたことを振り返りながら、尻たぶに手を伸ばし。 「っ……ん?」  何か人の気配を感じた気がして、顔を上げる。すると、暗がりではっきりとは見えないが、明らかに見知らぬ男が立っていた。 「!」  驚いて声を上げかけると、男の手が伸びてきて口を塞がれた。微かに手のひらから嗅ぎ慣れた匂いがした気がして、落ち着きを取り戻していく。驚きはしたが、不思議と恐怖は感じなかった。 「あんたは、一体……」   空哉が男に問いかけようとすると、男は無言のまま空哉の前に座り、くつろげていた股間の、そそり立つぺニスをじっと眺めてきた。 「あっ……」  羞恥を覚えて隠そうとするが、男は空哉の手をやんわりと、しかし少しばかり強引にどけてしまい。あろうことか、そこに顔を伏せていく。 「えっ、ちょっ、なに……」  戸惑ううちに、男は躊躇いなく舌を這わせ始めた。 「やっ、まって、やっ」  空哉がやめさせようとするが、それを強引に押しとどめて、そのまま丹念に、飴玉やアイスキャンディを舐めるように延々と舐め続ける。 「やっ、あう、あああっ……」  部屋中に耳を覆いたくなるような水音が卑猥な色を含んで響き、自分の嬌声にさえも情欲を掻き立てられ、とめどなく蜜を零してしまう。    それを余すことなく舌で舐め取りながらも、男は唾液と精液のどちらが多いとも言い切れないほどびしょびしょに濡らしながら、亀頭から裏筋、カリから竿、玉袋に至るまで、飽きることなく、しつこいほどに味わっていた。  あまりの快感に頭がぼうっとしてしまいながら、何度放ってしまったか数え切れなくなった時、男は徐々に舌をずらしていった。両足を抱え上げられたかと思った時にはもう、後ろの蕾に到達して、零れた精液を舐め取りながら穴をつついていた。 「あっ、だめっ……」  失われていた抵抗力を取り戻し、必死でやめさせようと足をばたつかせたが、男にがっちりと捉えられていて意味をなさない。そのまま男の舌に好きなようにアヌスを蹂躙されてしまいながら、感じ過ぎて涙が滲んだ視界の向こう、男の顔が目に入る。  暗闇ではっきりと像を結べないのだが、切れ長の美しい双眸に男らしく整った顔立ちなのが微かに伺えた。もっとよく見ようと、見たいとさえ思った時、ようやく満足したのか、男はアヌスの中から舌を抜き取り、顔を上げた。  途端に、男と空哉の視線が絡まる。そして、次第に慣れてきた暗闇の中で目を凝らすと、首元に何かがはめられているのが見えた気がした。今の今まで男にされていたことを忘れたわけではないが、純粋な好奇心に負けて顔を近付けると、チョーカーにしては分厚い何かが確かにはまっている。 「……これは?」 「そ、れは……」  男がようやく声を出した。まるで言葉を覚えたての子どもが話しているみたいに、妙にぎこちがない話し方だ。しかし、声質は大人の男のもので、とても子どものものだとは思えない。  ちぐはぐな男の様子に、なおさら興味が湧いてきて、その首元についた飾りに手を伸ばす。    指先に触れたのは、どこかで覚えがある皮のような材質に、丸い穴がいくつか開いていて、留め金がついているものだ。まるで、ベルトのような。こういうアクセサリーがあることはあるが、暗闇ではっきりと全貌が分からない。 それをしばらく手触りで確かめていたが、男は空哉の動向を眺めているのか、じっと微動だにせずにされるがままになっていた。そして空哉はふと男の体に視線を下ろし、男が一糸纏わぬ裸体であることに、今更気が付いてしまう。 「あんた、服、服は」 「……な、い」 「ないって、ちょっと流石にそれはまずい」  そもそもこんな夜中に人の家に侵入している時点で変質者確定なのだが、気持ちよくさせられた手前、そこのところは既に強く言えない。しかしせめて服をどうにかしなければ、男をこのまま外に追い出すこともできないと考え、ついに照明を点けた。 眩しいくらいの明かりに照らされ、男の姿がはっきりと眼前に現れた。そのあまりの距離の近さ、そして想像通りかそれを超える造形美というのだろうか、それに驚き思わず息をするのを忘れかけた。 「くうや……?」  男が成人した大人の端正な顔に似合わず、可愛らしく小首を傾げて不思議そうに尋ねてくる。自分の名前を男が知っているという事実にもまた驚いたが、何よりも一番信じられないことがあった。 「そのベルト……」  呆然と指差した先にあるのは、男の首にはめられた赤いベルトーーいや、どう見てもそれは。 「どうしてあんた、アレクと同じものをつけているんだ」  そう、愛犬のアレクの首輪によく似たベルトだった。似ているどころか、どこからどう見ても、微妙な錆び具合やところどころ薄汚れて色褪せた具合まで、全く同じように見えてくる。  しかし、同じ物であるとすれば、アレクの首輪を男が奪ったのか。わざわざ、そんなものを奪ってまで身に付ける必要がどこにある。よく似た別の物に違いない。  そうやって一人で無理やり結論付け、ふと部屋の隅にいたはずの愛犬の姿を探す。そう言えば、今さら気が付いたのだが、電気を点けたら即座に走り寄ってくるはずのアレクの気配がない。 「アレク……?」  家人を起こさないよう、静かに呼び掛けたところ、犬ではなく男が反応した。 「はい」 「あんたじゃない、アレクだ」 「はい、アレク、だよ」 「あんたもアレクって言うのか。でも俺が言ってるのは、犬のアレクだ」  些か苛立ちを覚えて男を軽く睨むと、男ーーアレク?は、切れ長の目で困ったように見つめてきて。 「俺、だよ。ご主人、さま。アレクだ」 「ふざけてるのか?」 「ちがう、俺、朝になれば、また、犬になる」  俄に信じられないことに、この男はアレクが擬人化した、というのだろうか、とにかくアレクが人間に化けたようなものだと言う。そんなことはあり得ない。あるはずがない。  まさかと思いつつ、試しに「本物」の、犬のアレクを家中くまなく探し回ってみた。家族が眠る寝室もそっと覗いたのだが、どこにも見つからなかった。そもそも、アレクは家族の中では特に空哉になついており、朝から晩まで片時も離れないのが常だったのだが。  戸締まりまで確認したが、レトリーバーであるアレクが外に出られるような出入り口はどこにも見当たらない。 「まさか、本当に?」  探している最中までぴったりと付き従ってきていた男を振り返り、その瞳を覗き込むと、確かにアレクと同じものをそこに見た気がした。  部屋に戻ると、アレクはたどたどしく言った。 「寿命と引き換えに、新月の夜、あなた以外に誰も見ていない状況でだけ、俺は人型になることができるようになりました」  そして、朝になれば元に戻るのだからと言って、裸体のまま空哉にぴったりと身を寄せて共に寝ようとしてくる。それにつられて眠ろうとしたが、一つ気になることがあった。 「待って、数年の命って、アレクはあと何年生きられるんだ」 「分からない、たぶん、あと、1、2年かな」 「っ……そんな」 「泣かないで」  言われて初めて、泣きそうな顔になっていることを自覚した。アレクが慰めるように顔を舐めてきて、やはり犬のアレクなのだと思った。 「おやすみ」  アレクの低く心地いい声に促されて、ゆっくりと眠りについた。犬のアレクと遊び回り、いつの間にかいなくなってしまう夢を見た。

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