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【3】
翌日も雨で、傘を差して仕事に行った。湿気で眼鏡が曇り髪も額に張り付いて、ちょっと鬱陶しかった。
「四葩 くん、濡れると一段と色気が増すね」
「店長、それセクハラです」
あはは、と笑う長身の男は、雫 と真逆の存在である。とにかく目立つし、とにかくモテた。
関東一円に十数店舗の店を構える老舗書店の御曹司で、出版不況で書店の経営が厳しいと言われる中、数々のアイディアを打ち出し、次々と支店を繁盛させていた。
今はここ三日月モール店の店長として大型店モデルを試行錯誤しているところだ。それらはおおむねうまくいっている。
カフェやイベントコーナーを併設した店舗はコミュニティセンター的な役割も果たしていて、いつもたくさんの人で溢れていた。棚に置く本の選び方に拘りを持ち、コアな本好きの顧客の取り込みにも成功していた。
ネットで注文して店で受け取る仕組みも好評だ。売れ筋もしっかり押さえている。なんだか優秀が服を着て歩いているような男なのだ。
雫は三日月モール店で児童書と文芸書のコーナーを担当していた。
選書と棚づくりのほかに、読み聞かせイベントなども取り仕切っていた。読み聞かせのボランティアスタッフによる会合では、彼女たちの世間話にも付き合った。
イベントスペースで定期的に行う読み聞かせには、小さい子どもを持つ母親や、子どもは成人しているが読み聞かせ活動が好きで続けている主婦など、常時四、五名のメンバーが参加していた。
「ここに来ると、本の話ができるのが嬉しいのよね」
ニコニコ笑う年配の女性に、若い母親は「ついでに子育ての相談もできて、助かってます」と言って笑顔を見せた。
お伽噺 の中には真実が隠されていると、よく彼女たちは話していた。大切なものが姿や形を変えて書かれているのだと。
雫も同感だった。
真実だけを書いたと言ったのはアンデルセンだったか。鉛の兵隊も、人魚姫も、真実だけを書いた物語なのだ。大人になるにつれて、雫にもその意味が理解できるようになった。
大切なものは目に見えないと言った、星の王子様の言葉も。
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