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第2話
私の希望していた返事が返ってきたのは、私の想像より随分と遅いものだった。
しかし、義博くんも私の事を沢山考えてくれての事だろうから返事が遅くなるのも仕方がない事だ。
「はじめまして。道明寺組の頭、道明寺 桜花 だよ」
「・・・・」
うちの組員に連れられて来たのは、汚い金髪に明らかに着なれていないスーツを着せられているという感じの少年だった。
表情はどこか虚ろで、顔じゅうに暴行を受けてできた青痣が目立つ。
私が話しかけても、どこかぼんやりとしていた。
「もしかしたら厄介払いのハズレクジかな?」
私は少しがっかりしつつ、その少年を私の部屋に連れて行くように指示すると少年は抵抗せずに移動していった。
いくらぼんやりとして敵意が今は見えなくとも、それが演技かもしれないと皆心配されてしまった。
組員からは私はちゃんと敬われているみたいで安心したよ。
「うーん。おしゃべりはできるかな?」
「・・・・」
自室に連れてきた少年の顔の傷を触診していく。
目元には大きな内出血や、口の端は切れて血が滲んだ跡がある。
服を脱がしつつ身体じゅうの傷を見ると、腕には煙草を押し付けられた痕や手首には何かで拘束されていた時にできたと思われる裂傷の痕がくっきりとついていた。
スラックスから半分ほど見えている腹にも殴られたできた内出血が数ヶ所ある。
私は少年に話しかけるが、返事はない。
「おズボン脱いでみようか」
「・・・・」
畳の上に座っている少年のスラックスを下着ごと取り払うが、少年はやはり抵抗せずに腰を上げた。
下半身には下品な落書きが油性ペンか何かで書かれており、実に面白い。
太股の内側にも下品な落書きの合間に根性焼きの火傷痕があった。
太股と足首にも拘束でできた痕と傷がある。
「面白いは面白いけど、これはなぁ…」
ぼんやりとしている少年を見つつ、私は首を捻る。
見た目からして威勢のいいタイプだった筈だが、これだけ暴行や性的にも痛め付けられていると反応が鈍い。
私の欲しい情報が聞き出せるまでに時間がかかるだろう。
とりあえず押入れから使っていないバスタオルを取り出して少年に巻つける。
部下を呼んで少年を風呂に入れる様に指示を出してから、少年が部屋を出ていくと大きなため息が出る。
「私の予想では三男あたりが来ると思ったんだけどな…」
私の予想は完全にハズレてしまったらしい。
美世の兄弟は全員で4人なのは把握していたが、現在うちの組に居るのは一番末の博之 だろう。
予想でしかないのは、美世の兄弟で唯一四男の博之だけが後妻の連れ子らしいと情報が入っていたからだ。
数ヶ月前まで少年院に居て、最近戻って来たと聞いた。
肝心の欲しい情報は手に入らないかもしれないが、少しは美世とのパイプができた訳だ。
私が予想していた三男は確か博光 と言う名前で、かなり太ってるらしく引きこもりで本人を見た組の者はいない。
太っているという情報は有名な話なので私の組にも情報が入ってきた。
「お客様だから“丁寧”におもてなししないとね」
私は博之が消えていった方を、にっこりとしながら眺めた。
私は自ら博之の世話を焼くことにした。
まずは傷んだ金髪を義博みたいに黒く染め直し、髪型も義博みたいにセットさせた。
着るものは洋服ではなく、義博みたいに着流しにした。
組の者でも私以外が近付くと怯えるので、食事などの世話もしてやった。
身体の傷が癒えだした頃、少しずつ心も癒えてきて博光の話をしはじめる。
「あのデブ、家で気持ち悪い物を売ってる」
「へぇ。気持ち悪いものって?」
「なんかボコボコ突起がついたちんこみたいなやつとか、女のアソコみたいなブニブニしたもの?」
博之は、どうも子供の頃から博光の事をライバル視してるらしい。
博之の話では、博光は引きこもっている部屋で子供を飼っていたそうだ。
その子供を取り上げて幼児趣味の男達に売り渡したらしい。
それで博之は博光の逆鱗に触れたようだ。
暴行を受け、うちの組に来ることになった理由などは一切分からないらしい。
話題に出てきた博光は、話を総合すると家でアダルトグッズを売っているようだ。
「じゃあ、他の兄弟の事はどう思ってるんだい?」
「博英は色々言ってきてウザイし、義博はよく分からないけど火傷のあとがキモイ」
「へぇ。義博くんは火傷の痕があるんだね」
「左側に肩から足まで大きな火傷のあとがあって、それが見えないようにずっと学ラン着てたな」
遂に話題に出てきた義博の話を、私は興味深く聞く。
確かに出会った当初から足を引きずっているのは気がついていたが、それは火傷のせいだったのだ。
どんなに暑い日でも、汗ひとつかかずにきっちりと着ている学ランに何度劣情を抱いたか分からない。
現在は和服を着ている姿をよく見るが、それもきちんと隙なく着こなしている。
あの貞淑な姿を乱し、組み敷いていたジジイどもには何度制裁を加えても足りない位だ。
その理由が火傷の痕のせいだったとは、義博の肌を見たことがない私には嬉しい情報だった。
ハズレクジを引いたとがっかりしていたが、博之も中々利用価値があったようだ。
「忙しいのに、美世の組長直々にお越しいただけるとは…」
「組の方も派遣していただいていますし、末の弟もお世話になっているのに自分が出向かない訳にはいきませんよ」
博之をうちの組で預かってから数ヶ月たったところで、義博が直々に組に挨拶に来た。
私は嬉しくて小躍りしそうになるのを必死に押さえつつ対応をするが、顔は自然と笑顔になる。
博之の傷も精神もかなり癒えてきていたので同席させたが、博之は義博の顔を一切見ようともしなかった。
義博はこちらに悟られない様にはしてたが、かなり傷付いている様に見える。
遠いところまでご足労いただいたのだから、気兼ねなく泊まって行くように言ったのだが義博の秘書に止められてしまった。
「弟の元気な顔を見られて安心しました。また様子を見に来ても構わないでしょうか?」
「ええ。喜んで…うちのシマは平和そのものですから」
足を引きずって帰っていく義博を見送り、弾んだ心のまま屋敷の中へ引き返す。
帰り際、秘書の男がこちらをじっと見ていたのが気になるが今はそんな事はどうでもよかった。
客間に戻ると、茶器を片付けない様に言ってあったのでそのままになっていた茶器の中から義博が使った物だけを取りあげる。
中身が残って居たので、私はそのままお茶を飲み干して茶器を持って部屋に戻った。
「やっぱり違うな…」
自室に戻ると、だらしなく足を伸ばして座っている博之が目に入った。
本物に寄せているとは言え、やはり本物の義博を目の当たりにした後に博之を見ると全く私の思い人には似てもにつかない。
だらしなく伸ばした足のせいで乱れた着物も皺が入っており、凛と座っていた義博とは対照的で実にだらしなく見える。
私は手に持っていた茶器を机の上に置くと、のんびりとしている博之に近付く。
「なんすか?」
「あぁ。これは…」
「え?」
顎に手を添え、上を向かせると自分が何をされているのか分からない様子だったので頬を平手で叩く。
バチンという音が部屋に響いた。
はじめは何をされたのか全く理解できていない様子の博之だったが、痛みが後からやってきたみたいで頬に手を当てて驚いた顔で私を見返してくる。
「やっぱり、偽物は偽物か」
「何…いって…」
私が博之に吐き捨てると、不安そうに視線をさ迷わせた。
私はわざと大きなため息をつく。
私のため息に怯えて博之はびくりと肩を震わせる。
「まぁ。また来てくれるって言ってたし、精々それまでにお兄ちゃん大好きな弟に頑張ってなっておこうね?」
私がすっと屈んで、頭をぽんっと撫でてやると壊れた玩具の様にこくこくと頭を振っている。
絶対に意味など理解はしていないだろうが、私は安心させるように笑顔を作って笑いかけてやった。
私は博之を義博に近付ける為に礼儀作法を学ばせたり言葉遣いを直したりと忙しく過ごしていたが、次に博之の様子を見に来たのは義博では無かった。
「申し訳ありません。義博は季節の変わり目で体調を崩しておりますので、代わりに秘書である私が参りました」
「そんな…美世組長は大丈夫なんですか?」
「お陰さまで、安静にしていれば直に良くなるだろうと診断されましたのでご心配には及びません」
2度目の面会には義博は出席せず、秘書の出水 という男だけがやってきた。
私は義博本人に博之が、どれだけ義博に近くなったか見て貰おうと思っていたのにその希望は叶わなかった。
しかも、この出水と言う男は秘書という立場の癖に義博の事を名前で呼んでいる。
明らかに私に対する宣戦布告であることは明らかだ。
「そろそろ君の傷も癒えてきたよね?」
「何を…」
その晩、私は元気になった博之の身体の一部を伏せっている義博にプレゼントする事を思い付いた。
きっと義博も喜んでくれることだろう。
なんて言ったって私を“信頼”して弟を預けてくれているのだから。
まずはどこがいいだろうか。
髪の毛はありきたりだし、足の爪なんてどうだろうなどと考えているだけでとても楽しくて博之の顔を撫でていた。
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