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第3話
私は上機嫌で文机の上でプレゼントボックスのリボンを結んだ。
私の隣では薬で眠った博之が横たわっている。
しかも左足の先には包帯を巻いてある。
あのあと不思議そうにしていた博之に麻酔を打って眠らせたのだ。
勿論分からない様にだ。
「ふふふ。義博くん…喜んでくれるかな」
私は箱をひとなですると、小さな段ボールに緩衝材として血がついてそれが乾いたガーゼを入れてからガムテープで蓋を閉じる。
今回はとりあえず、足の親指と人差し指の爪をペンチで剥いだものをプレゼントする事にした。
残りの指の爪も後日に贈るつもりだ。
私の想像の中では義博ははにかむような笑顔で箱を受け取って、中を見た瞬間少し泣きそうになりつつもお礼を述べるのだ。
そう思った瞬間、背中がぞくりと疼いた。
私はそのプレゼントが入った段ボールを立ち上がって部屋の外で待機していた部下に渡すと、機嫌良く使った器具達を片付けていく。
「全部プレゼントしたら、義博くんとおそろいだね」
私は屈んで血の付いたペンチを拭きながら、博之の足を撫でる。
ペンチは工具を入れておく専用の箱に入れた。
箱は年期が入っていて、使い込んだお陰で元々は木の素材の自然な色だったのに現在は飴色に変わっている。
包帯の巻かれた足は博之が寝ているにも関わらずブルブルと震えていた。
軽い麻酔だったのでそろそろ目覚めるのかもしれない。
「今度は麻酔なしで爪を引っこ抜いてあげようね。その声を録音して一緒に義博くんにプレゼントしても楽しそうだね」
私は別の部下を呼んで自室から博之を運び出す。
麻酔から覚めると痛みでパニックになることだろう。
五月蝿いのもさることながら、私がやったと分かると折角築いた信頼関係が崩壊してまた病んでしまうかもしれない。
まだ“お客様”の博之には正気でいてもらわなければならないので、どうせパニックになれば分かりやすい嘘も信じてしまうだろう。
部下に少し離れた部屋に運ばせたので、博之が起きればすぐに分かるだろうから少し仕事でもすることにした。
私は器具の入った箱を棚に片付けると文机の前に座り直す。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
どれくらい経っただろうか。
ふと文机の上に置いてある大理石の時計を見ると30分かそこらしか経っていない。
博之の麻酔が切れたのだろう。
遠くから叫び声が聞こえる。
「随分と早かったな…」
私はにぃっと口角が上がるのを感じてそれを隠すように手で覆うと、そのまま立ち上がった。
障子を開けて声のする部屋へのんびりと向かう。
人払いはしてあるので誰か来ることはない。
さぁ茶番劇のはじまりだ。
「どうした?」
「足…あしが!!」
私は声のする部屋から少し離れたところからわざと小走りになって部屋の障子を勢いよく開けた。
そこには掛け布団を跳ね退けたのか、敷き布団のシーツに真っ赤な染みを作って身体を小さく丸めている博之の背中がある。
私の声を聞いてゆるゆると顔を上げた博之の目には大粒の涙が溜まっていた。
その泣き顔が義博の泣き顔に思いの外似ていて、再び背中がぞくりと疼く。
私は笑うのを我慢するために眉間に力を入れていると、博之が何を勘違いしたのか怯えはじめた。
「うううっ。いたい…いたいよぉ」
「よしよし。誰にやられたんだ?」
「わ、分からないよぉ。起きたら…あしがすごく痛くて…」
「誰がこんな酷いことを…頭を撫でていたら寝てしまったから、少し席をはずしていただけなのに!」
自分でも随分と説明じみているなと思いつつ、何故私が側に居なかったのかを博之に理解させる。
普通の精神状態だったらこんな分かりやすい明らかな嘘にも気が付くのだろうが、博之は今目先の痛みでまともではない。
まぁここに来たときから普通の精神状態では無かったな。
俺の言葉に博之はポロポロと涙を流し続ける。
私は博之に近付いて布団の横に屈み、ぽんぽんと背中を撫でてやった。
「可哀想に。今誰か呼んで包帯を巻き直して貰おう」
「いや!!!」
私が立ち上がる素振りをすると、博之は少し起き上がりそのまま俺の腰に抱きついた。
博之の中では私の計画通り私以外の誰かが自分に危害を加えたと結論付けたようだ。
私の腰に回された手に離すまいと力が込められている。
それから暫く私は博之の背中を擦ってやりながら落ち着かせる事にした。
ぐすんぐすんと子供の様に泣く博之の背中を上から見ていると義博が私の膝で泣いているみたいで勃起しそうになった。
元々くすんだ汚い金髪だった髪は、義博と同じ黒に染め直し私が手入れしているお陰でつやつやと輝きそこから覗く白い首筋は折れそうに細い。
その白い首の後ろをするりと撫でると、やはり若さゆえの張りのある肌は触るとスベスベとしていた。
「ふふふふ」
泣き疲れて寝てしまった博之の手を腰から引き剥がし、身体を布団に放り投げる。
どさりと音を立てて布団に乱暴に転がった博之は起きる気配もなかった。
私はあまりにも簡単に騙された博之に笑いが込み上げてくる。
一応血が滲んだ包帯を取り替えてやることにした。
敷布団にも所々血がついてしまっている。
部屋の隅に置いてあった救急箱を引き寄せ、包帯をほどいて患部のガーゼを取り除いた。
新しいガーゼに軟膏を塗り付けて幹部に乗せ、そのままガーゼが取れない様に包帯で覆っていく。
少しきつめに包帯を巻くとやはり痛いのか脹ら脛に力が入ったのが分かる。
「さぁ。義博くんは喜んでくれるかな?」
私は眠っている博之の足を眺めつつ晴れやかな気持ちで感嘆のため息をついた。
博之の額にはうっすらと汗が滲んでいるが、私はそのまま博之を置いて部屋を後にする。
博之が嫌がっても後は部下に丸投げしておけばいいだろう。
私は足取りも軽く自室に戻った。
+
博之の爪を義博へプレゼントとして送ってから1ヶ月が経っていた。
今日は組同士の会合があったのだが、当然同盟を組んでいる美世組も来ていた。
会合だと言うことで義博も来ていたが、以前うちの組に来た時より体が薄くなりやつれている様に感じた。
横には相変わらずあの忌々しい秘書の出水が控えている。
しかし義博の様子を見るに、出水も私に嘘をついたわけでは無かったようだ。
「美世組長…体調は大丈夫ですか?」
「あ、道明寺組長。ええお陰さまで少しは動けるようになりました。でも、弟は元気にしていますか?先月はお伺いできなくて申し訳ありませんでした」
「いえいえ。健康が一番ですからね」
会合もそろそろお開きと言うことで皆それぞれ雑談をしている。
私も義博に声をかけた。
義博は近くで見ると目の下に隈ができているのを化粧で隠しているのか肌の色がいつもより少し健康的にみえる。
先月うちに来なかった事へ探りを入れると、深々と頭をさげられた。
この様子だとやはり体調不良は嘘では無かったようだ。
私がにこりと微笑むと、義博は少しほっとした様で顔を綻ばせた。
「えっと…道明寺組長?大丈夫ですか?」
「え!えぇ。このあとはそのまま帰られるんですか?良かったら飲みにでも?」
「いえ。お誘いはとても嬉しいのですが、まだ体調も完全には回復しておりませんのでお気持ちだけいただいておきます」
義博の微笑んだ顔に思わず見とれてしまっていると、私が何も言わないのを不思議に思った義博が今度は困った様子で問いかけてきた。
そんな困った表情も素敵なのだが、私は何事も無かった様に話に戻る。
折角なのでとお誘いしてみるが、いつもの如く断られてしまった。
今も本当はうっすらと化粧をしないと顔色を誤魔化せないくらい体調が悪いのだろう。
その事に気が付いた私は口角が片側だけ上がるのを感じてしまったので、慌てて口許へ手を添えて表情を隠す。
「それでは本日の会合はここまでとする」
今日の進行を勤めた組長から声がかかる。
集まった物は静かに退席していく。
義博はこの会合では一番の若年と言うことで入口付近で退室する者へ挨拶をしていた。
私へもにこっこりと花の如く可憐な笑みで微笑んでくれた。
私はその事を思い出しながら軽やかな気持ちで車に乗り込んだ。
「あ、スミマセン!!待ってください!!」
「止めろ」
うっすら開いていた窓から愛しの義博の声が聞こえた。
私は車を止めさせ、窓を開ける。
慌てた様子で左足を引き摺りながら小走りで義博が車に駆け寄ってくるのが見えた。
「道明寺組長申し訳ありません。博之に…弟に渡してもらえませんか?お渡しするのを忘れてしまっていて」
「手紙ですか?えぇ渡しておきます。それにしても、そんな走られて大丈夫ですか?」
車に近付いて来た義博は少し息が上がっている。
懐から白い封筒を取り出すと私の前に差し出してきた。
私が封筒を受けとると、そのまま手元を見ていたので安心させるためにすぐに私も封筒をジャケットの内側のポケットへ入れる。
軽くジャケットの上からそこを叩くと義博は小さく、くすりと笑った。
「これくらい運動しないと駄目ですからお気遣いありがとうございます。弟の携帯の番号を知らないもので書いてきたのですが、こんなことでお引き留めしてしまって申し訳ありません」
「いえいえ。あぁ。汗が…」
「お気遣いありがとうございます。お気を付けてお帰りください」
走ったせいなのか、はたまた冷や汗なのかは分からないが額にうっすらと汗が滲んでいた。
私はさっとハンカチでそれを拭おうとしたが、義博にやんわり避けられてしまって不発に終わる。
深々と頭を下げられ、仕方なく車を出させた。
「あぁ。何かに憂いている義博くんは本当にとっても綺麗だったなぁ」
車が高速道路に入ったところで、預かった手紙を懐から出して義博が持っていた部分をするりと撫でる。
封を勝手に開けて内容を読んでみると、私の組に迷惑をかけていないかなど兄としての心配の言葉が綴られていた。
なんと心優しいのだろうかと、私は胸がいっぱいになる。
手紙に書かれた綺麗な文字に私は唇をよせ、早く義博を手に入れたいと思いながら私は車窓からの景色を眺めていた。
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