4 / 21

ネコ-4-

 用心棒契約時に番号交換していたが、卒業後一度もかかってこなかった事から上手くやっているんだろうと思っていた。  事実、上手くやっていたのかもしれない。  だが、しかし。 「(なん)でハッテン場で男に襲われる事になったんだよ」 「……君には関係ないだろう」  志波にしては妙にオドオドした、後ろめたそうな返事だ。  これは間違いなく。 「お前、ゲイなんだ」  断定すると、悪戯がバレた子供のように動揺した。  目と目の間を押さえ、掛けていない眼鏡のフレームを直す動作を繰り返す。 「そ、それが、ど、どうした」 「どうって、ただの確認だけど……」 「きっ、き、きみだってそうだろう。あんな時間にあんな場所に居たのだから!」  視線を彷徨わせつつ、チラチラと窺うように見る。  顔が高揚しているのはゲイだとバレた羞恥からか、或いはホテルの温度設定が微妙に熱い所為か……。  多分前者だろうな。  妙にそわそわしているし。  心なしか、もじもじしているし。  目が同士と認めろと促している。  期待満々。  てーか、確信に満ちてねーか?  そんな目で見られても困るって。 「いや、俺は普通に女が好きだけど?」 「なっ!」  期待を裏切る返答に、志波は明きらからに意気消沈した。  みるみるうちに小さくなっていく。 『しゅん』て効果音が聞こえそうだ。  さっきまで赤かった顔は色を失っている。  やっと見つけたと思った仲間が間違いだったからって、この世の終わりみたいな顔をするなよ。 「どうせ、僕は異常だよ。男が好きな変態だよ。悪かったな」  声を震わせ俯いたまま零す姿に狼狽えつつ、フォローを入れる。 「別に異常とか言ってないだろ。単なる言葉のあやだ。揚げ足とるんじゃねーよ」 「でも、気持ち悪いとか思っているんだろう」 「思ってねーよ」 「嘘だ!」 「嘘じゃねぇって」 「言葉では何とでも言える!」  勘違いの恥ずかしさからか、いやに絡んでくる。 「ならどうしたら信じるんだよ」  溜息交じりに訊くと、志波は噛み付かんばかりの勢いで叫んだ。 「キスしてみせろ!」 「はぁ?」 「ほら出来ない!」  眉間に皺を寄せ、唇を尖らせて睨む。  別に出来ない事は無い。  幾多の飲み会でバツゲームとして男女問わず数多《あまた》の酔っ払いとキスして来た俺だ。  正直余裕だ。  だが、そんな穢れた唇でキスして証明終了になるのか? 「どうせ僕はおかしいんだ」  先程までの勢いは何処へやら。消え入りそうな声でブツブツと愚痴る。  高校か大学でヘテロの連中にでも何か言われたのだろうか?  志波は膝を抱え「どうせ、どうせ」と繰り返している。  イジメに遭っても俯かなかった奴が、俯いている。  一体何があったんだ? 「おい」 「何だ。言葉だけの慰めなんか要らないぞ」  返事の為に僅かに膝から上げた顔を捕らえる。 「何を……」  志波はその後を続けられなかった。  何故なら俺が唇を塞いじまったから。  って言うか、テメーからキスしろって言ったくせに、何でこいつは上体を逸らして俺から離れようとしてんだ?  唇を舌で突っつき、口を開けるように促しているのに歯を食い縛って全然開けやがらないし。  意味が分からん。  唇を離し、両手で確り固定していた顔を解放してやると、眉を吊り上げて睨まれた。 「酷いじゃないか!」 「お前がしろって言ったんじゃねーかよ」 「それはそうだが、こんな行き成りなのは酷いだろう!」  予告しろってか。 「僕はさっき吐いたんだぞ」  ああ、そう言えばそうだったな。 「初めてなのに……」  は?  小声だったが「初めて」と聞こえた気が……。  マジか!?  二十歳越えてキス未経験てありえるのか?  いや、こいつならありえるか。 「こんなのは無効だ!」  言うなり、志波は立ち上がった。 「五分待て! 直ぐに戻る」  そう断り、勢い良くベッドから飛び出すと、そのまま洗面所へ向かった。  音から察するに歯を磨いているらしい。  それにしても忙しない音だな。  少しして口を濯ぐ音。続いて備え付けのマウスウオッシュで何度と無く濯いでいる音がする。  スゲー念入りだと苦笑していると、志波は戻ってきた。 「待たせたな」  別に俺は待っていないんだかな。 「口内は綺麗にした。心の準備も済ませた」  ベッドへ上がると俺の前で正座した。 「さぁ、来い!」  来いって……。 「もしかして、もう出来ないのか?」  微動だにしない俺を不安げに見詰める。  弱っているって言うか、気弱な志波って可愛いのな。  素でキス出来るわ。 「いや、出来るけど」 「なら……」 「お前初めてなんだろ? こんなんでいいのか。相手が俺だなんてバツゲームみたいじゃねーか」 「い、いずれ失うものだ。既に半分失くしたようなものだし。今更だし。こうなった以上、相手が君でも僕は構わないよ」  何で、仕方ないから、お前で妥協してやるよ的な言われ方してんだ。俺? 「まぁ、お前がいいなら俺は何でもいいんだがな」  それではと、志波の顎に手を添えると顔を引き攣らせ眉間の皺を深くした。 「リラックスしろよ。あと睨むな」 「仕方ないだろ。襲われた時に眼鏡を失くしたんだ。焦点を合わせるのにどうしても目を細めてしまうんだ」  コンタクトに変えたんじゃなかったのかよ。 「じゃあ、無理に見ようとするな。目を閉じろ」  志波は大人しく目を閉じたが、やはり目に力が入っている。  折角の美人が台無し……いや、これはこれでアリか? 「口を開けろ」  志波は頬を引き攣らせながら口を真一文字に引いたり、アヒルのように尖らせたりを繰り返し漸く薄く開いた。  そこへすかさず舌を潜り込ませる。  驚いてか志波は頭を引こうとするが、確りホールドして逃がしてなどやらない。  初キスの為、どうして良いか分からず、なすがままの志波の口内を容赦なく貪る。  呻きながら必死に二の腕をタップしているが、知るか。  無視だ。無視。  初キスの相手に俺を選んだ事を後悔しろ。アホめ。 「気持ち悪く思っていないって分かったか?」  唾液を口の端から滴らせているのを拭いてやりながら訊くと、志波は興奮と色欲に蕩けた顔で、息を乱しながら呟いた。 「信じてやってもいい」  だから、何でお前は上からなんだよ!  軽く息を吐き、顔を離してやると、暫し放心していたが、我に返ると俺の身体に変化が無いのに対し、自分一人だけが勃たせてしまった事を恥じてか、必死にソコを押さえた。  気まづそうにもじもじと俺の顔を窺い、消え入りそうな声で呟いた。 「トイレに篭る」  もそもそとベッドから下りると、ぎごちない動きでトイレに向かう。  トイレの扉を開き、振り返ると。 「暫く出て来れないから、テレビでも見ていてくれ。出来れば…大音量で見ていてくれると…助かる」  それだけ言って志波はトイレに消えた。  音とか声とか聞こえたらとか考えると集中出来ないよな。  俺は要望通りテレビの音量を大きめにし、適当に見放題映画を流した。  にしても、扉一つ向こうで志波が抜いているのかと思うと変な気分だ。  チンコだけをシゴクのだろうか?  それともアナルに指を突っ込みながらするのだろうか?  志波のあられもない姿を想像し、一瞬反応しかかる。  いやいや、志波だし。  美人だろうが、男だから!  何を当てられそうになってんだ。  無節操すぎるだろう。  迂闊に新しい扉を開こうとするんじゃねーよ。  そう自分に言い聞かせ、必死にテレビに意識を向ける俺だった。

ともだちにシェアしよう!