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ネコ-6-
生活リズムって凄 ぇって感心する。
慰めろと言う要望に応え、ソファで肩を抱きながら頭を撫でていると志波は何時の間にか寝てしまった為、そのままソファに寝かせておこうかとも思ったが、朝起きた時に拗ねるような気がしてベッドへと移して俺もその隣で眠った。迂闊な事に携帯のアラーム設定を忘れたままに。
だというのに、毎日のクセで何時もの時間に目が覚めた。
生活習慣怖ぇ。
だが、起きた時間は家から仕事場に間に合う時間であり、ホテルからではない。
朝飯を無視すれば、何とか間に合うレベルだ。急がないといかない。
志波を起こさないようにと静かにベッドから出ると洗面所へ行き、顔を洗い、戻ると志波は起きてベッドの縁に座っていた。
「帰るのか?」
「いや、仕事」
「仕事?」
「うちは日曜と祝日以外は基本仕事。だから土曜 も仕事なんだよ」
「そうか」
んな捨て犬みたいな目で見るなよ。
仕事に行き辛いじゃねーか。
「志波。携帯出せよ」
「え?」
「番号交換しようぜ」
「あ…その……」
「何だよ」
「携帯…持っていないんだ」
は?
このご時勢に携帯電話を持っていないって、ありえるのか。
「もしかして昨日眼鏡と一緒に落としたのか?」
「違う。元々持っていないんだ」
俺との番号交換を断る為の嘘ではなさそうだ。
通常装備の不機嫌な表情は何処へやら。申し訳なさそうに俯いている。
俺はベッドサイドサイドの引き出しからメモ帳とペンを取り出すと、電話番号とメールアドレス。ついでに住所を書いて差し出すと、志波はおずおずとそれを受け取った。
「何かあったら何時でも連絡して来い。千円で用心棒やってやるから」
志波の頭を撫でながら時計を見ればそろそろ出ないといけない時間だった。
俺は財布から一万円を出すと志波に手渡した。
「悪いが、もう出ないといけないからよ。ホテル代これで払っといてくれ」
じゃあなと手を振って玄関に向かう。
「大黒!」
呼ばれ、振り返ると志波が手渡したメモと一万円を握り締めベッドから立ち上がっていた。
「電話するぞ!」
「おう」
「後から迷惑などと言うなよ!」
「言わねーよ」
またなと、俺はホテルを後にした。
仕事場へ向かう道中。志波が寝ている間に撮った顔写真を付けて仲の良い友達 にメールを一斉送信する。
『こいつ。俺の友達。絡まれているの見かけたら助けてやってくれ』と。
昨日の様な事は無いと思うが、この世に絶対はありえない。
予防対策はしておくに越した事はない。
メール送信から五分も経たない内に続々と返信が帰ってくる。
俺の友達《ダチ》の数なんかたかが知れているが、多少でもリスクヘッジが出来れば良しだ。
クリスマスイブから五日が経ったが、志波からの連絡は無い。
別れ際の様子から直ぐにでもかかってくるだろうと待ち構えていた俺は、正直肩透かしを食らった気分だった。
その代わりに友達《ダチ》からの志波目撃情報が寄せられた。
つーか、友達《ダチ》数人に送ったメールが、何処で間違ったのか拡散し友達の友達。その更に友達へと回ってしまったらしい。
どうにも俺が態々頼んだ事で、志波を恩人か何かと勘違いしたらしく『大黒の恩人は俺らの恩人。気合入れて守るぜ!』という妙な感じに盛り上がっているようだ。
あーー。
何つーか、意図してではないとはいえ、晒す事となってすまん志波。
何も知らない志波に心の中で詫びながら、寄せられた今日の志波情報を確認する。
『コンビニにて恩人と遭遇』
『図書館で見かけたよ。小難しい本読んでいた』
『昼に三丁目のスターミックスカフェにいたぜ』
『今日もネカフェに来店だ。すっかり住人と化している』
今日も……。
その文字に溜息が零れる。
情報をくれた三田の友達 が言うには、志波は二十五日の夜から毎日泊り込んでいるらしい。
俺の記憶が確かなら志波の家はそこそこの金持ちだ。
何でネットカフェ難民なんかやっているんだ?
強烈キャラのお袋がいる実家に帰りたくないからか?
だが、志波が寝ている時に確認した身分証の住所はワンルームマンションの物だった。
一人暮らししているのに帰れないってなんだ。
部屋にお化けが出るとか?
あははっ。
まさかな。
家に帰らないのは気になるが、変なところに入り浸っている訳じゃない。
放っておいても大丈夫だろう。
そう結論付けて携帯を置いた。
翌日。十二月三十日。
流石に年末とあって、仕事が休みな俺は家でだらけていた。
そこへ何時ものように色々な所から志波の情報が寄せられる。
コンビニや駅。ファミレスで見かけたという内容だったので、流し見ると直ぐに面白いのかどうかよく分からない年末の特番に目を戻した。
名前も知らないお笑い芸人の漫才を見ながらふと思う。
暇だ。
志波の目撃場所もショボイ所ばかりだ。
きっと行く場所も無く暇をしているのだろう。
誘って何処か行くか?
だが、携帯を持っていない人間とどうやって連絡を取ればいいんだ?
メールで友達に志波捕獲指令を出せば何とかなるだろうか。
駄目もとで送信してみる。
『前に画像送付した奴、見かけたら俺に連絡するように伝えてくれ』
友達からの返事は直ぐに返ってきたが、必要な時に物が出てこないように志波の目撃情報はもたらされなかった。
特番に飽きた俺は、近くのレンタルショップで暇潰しの為のDVDを物色する事にした。
すっかり陽が落ち、暗く陰った道をレンタルショップに向かって歩いているとメールの着信音が響き、見てみると友達の白神 からだった。
『画像の奴だと思うんだけど、ゲイバーでケツ撫でられている。助けた方がいい?』
本人確認の為にか、添付されている画像を見て猛烈に腹が立った。
何ケツ撫でられてんだ!
変な奴に会うなって言っただろーが!
アホか!
頭良いくせに学習能力が無いのかテメェーはよ!
つーか、ゲイバー!?
何でそんな場所に白神 がいるんだ?
かなり動揺しつつも、兎に角メールを送信する。
『今直ぐその変態を追い払え!』
すると即効で。
『ゲイは変態じゃない!』
抗議のメールが返ってきた。
今はそこ、どうでもいいんだよ!
いいから早くケツ撫でている男を追い払えとメールすると『貸しだぞ』と返ってきた。
白神は高校 時代の連れだ。
背が低く女顔の為、一見弱そうに見えるが、見た目を裏切る破壊力を持ったパンチで何人もを病院送りにしていた奴だ。
言葉で駄目でも拳で変態を排除してくれるだろう。
だが、一人追い払っても志波自身がフラフラしていたら別の変態に捕まるかもしれない。
志波が心配だ。
迎えに行くか。
店の情報を寄越せとメールを送ると同時に、駅に向かう。
駅に着く直前に店の情報と共に『男は追い払ったけど、眼鏡の奴にも逃げられちゃった。ゴメン』と送られてきた。
俺は妙な胸騒ぎを覚え、教えられた店にそのまま向かった。
携帯の位置情報アプリを頼りに住所に辿り着くと、店前に白神《ガミ》が立っていた。
「ごめん恭路 。ちょっと目を離したら逃げられちゃってさ」
「お前が謝る事じゃねーよ。つーか、何処行きやがったあの野郎」
苛立たしさから舌打ちする。
「あのさ。恭路 と眼鏡の奴ってどんな関係?」
「関係? 中学ん時の友達 だけど」
「それだけ?」
「ああ? それ以外何があるって言うんだよ」
「いや…うん……」
妙な顔で見上げる白神。
小っこい友達の後ろに聳 え立つ店を見て、白神の質問の意図が分かった。
「別に付き合っているとかそういうんじゃねーよ」
「そう、なんだ」
訝しげに見詰める白神に溜息で返す。
「俺が高校時代に女食い漁っていたの知っているだろ?」
「うん。まぁ、ね」
「それより志波 を探すの付き合ってくれ」
「しば?」
「眼鏡の奴」
「ああ。志波って言うんだ」
俺たちは二手に分かれて周辺を捜索した。
だが、二時間の捜索も虚しく、結局志波捕獲には至らなかった。
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