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ネコ-8-

 ネオンが輝く喧騒の街から駅を幾つか下り、閑静な住宅地に着く。  電灯に照らされた薄暗い道を歩き、家に戻るとすぐさま冷蔵庫を開くが、志波の事が気がかりな俺は酒を飲む気にはなれず、そのまま何も取らずに閉めた。  ダウンジャケットを脱ぐとソファに投げ、ケツポケットから携帯を取り出しテーブルに置いた。  テレビを点け、年末の特別ドラマを流し見るが、志波の事が気になって内容が全く入らない。  暫くして、着信を告げる電子音に慌てて携帯を見るが、飲みの誘いメールだった。  落胆ににも似た気持ちで溜息を吐き、断りのメールを返す。  そんな事が何度か続き、気がつけば日付はとっくに三十一日となっていた。  もしかしたら目撃情報或いは志波自身から連絡があるかもしれないと、風呂に入る事もせずに待ったが結局連絡は無く、ただダラダラと特番を見続けるだけになった。  見れば窓の外は明るくなり始めていた。  こんな時間に連絡が来る事は無いだろうと、軽くシャワーを浴び、ベッドへ入るとそのまま眠りに就いた。  けたたましく鳴り響く電子音に起こされ、右の枕元を手探りし音の元を掴むと重い瞼を抉じ開けて見る。  携帯に表示された名前に何だろうかと疑問を覚えつつ、通話ボタンを押す。 「白神《ガミ》? 早くからなんだよ」 『何言ってんだ。もう昼過ぎだろうが。そんな事より志波さん見つけたんだけど』  志波の名前に寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。 「志波、何処だ」 『俺の恋……えっと友達(ダチ)とお茶してる』 「は?」 『いや、友達が駅で志波さんを見かけて、声かけたら出会い系の相手と勘違いしたらしくて、それで放っておいたら何処かに行っちゃうかもしれないから、出会い系の相手のフリして足止めしてくれてんだ』 「そうか」 『で、どうする?』  どうもこうもない。 「回収しに行くから現在位置教えろ」  白神から位置情報を貰い、合流場所と時間を取り決めると携帯を切り、すぐさま三田に電話をかける。 『もしもし恭路(ゆきじ)さん。どうかしました?』 「行き成りで悪いが、暇か?」 『ええ、まあ』 「シラフか?」 『昨日の酒ならとっくに抜けていますよ』 「そうか。なら車出してくれ」  俺の声からただならぬものを感じたのか、三田は嬉しそうに声を弾ませる。 『直ぐに行きます!』  何を期待しているか容易に想像付く。  違うと訂正を入れようと口を開くが「カチコミじゃない」と告げる前に電話は切られてしまった。  ただの送迎なんだがな。  まぁ、いいか。  三田の運転する黒塗りのバンで合流場所の公園へ乗り付ける。  歩道に佇む白神の姿を認め、停車して降りると白神の方から駆け寄ってきた。 「志波は?」 「そこのカフェでまだ話しをしているよ」  カフェに公園……。  流石に志波も警戒するかもしれない。  だが、まだ明るく公園には親子連れや散歩している老人の姿がある。  上手くすればいけるか? 「お前の友達って奴は嘘吐くのは上手い方か?」 「何させたいの?」 「志波をここまで誘導して欲しいんだが、出来そうか?」 「ん。それくらいは余裕だと思うよ。プロだし」  プロって……一体何者だよそいつ。  段取りの打ち合わせの為に一旦バンの中に戻る事にする。  白神の乗車に三田は顔を綻ばせた。 「シラガミ先輩お久し振りっす!」 「三田っち、相変ずパシらされてて大変だね」 「好きでやっている事なんで平気っす。むしろ嬉しいっす」 「あははっ。マゾってるな~」 「マゾって酷いな~。恭路さんと一緒に遊ぶのが楽しいだけですよ~。へへへっ」  大型犬と小型犬の団欒(だんらん)を終わらせるべく、割って入る。 「バカ言っていないで打ち合わせするぞ」  白神と三田に作戦のあらましを話した。  すると三田は人を車に連れ込むには正しい車の停め方があると言って一度車を発車させた。  つーか、連れ込みに正しいっておかしいだろう。 「ドッキリを成功させるには面割れしている恭路さんの顔を隠した方がいいですよね? そこのボストンバックに目出し帽が入っているんで、良かったら使って下さい」  見れば大人が優に入るほどの大容量ボストンバックには、目出し帽の他に手袋や防弾ベスト。警棒やエアーガン。ナイフにメリケンサック。発炎筒に催涙ガスなどがごちゃごちゃに入っていた。  本気でカチコミに行く気だったのかと、苦笑する。  三田は適当に車を走らせながら連れ込みに適した条件の場所を探し、人通りが少なく歩道の左手側が壁となる場所を見つけると、ガードレールの切れ目にドア部分が来る様に停車させた。  さり気無く退路を断ち、バン自体を使って死角を作る。  確かに正しい連れ込みの停め方だ。  白神に友達とやらにメールにて指示だしさせ、待つ間にボストンバックから目出し帽を取り出して被る。 「俺も昨日、顔を合わせているから一応被っとこうかな」 「白神の場合、顔を隠しても身長でバレるんじゃないのか?」 「うっせーよ」  身長にコンプレックスを持つ白神は恨めしそうに俺を睨みつつ、目出し帽を手に取り被った。  数分後。  窓の外にクリスマスと同じコートを纏った志波の姿を認めた。  眼鏡を買う金が無かったのか、顔に眼鏡は無い。  カジュアルな服に身を包んだ、雰囲気からしてイケメンな男と並び歩いてくる。  てか、隣の男。何処かで見た気がするんだが……。  連れ立って歩く二人の顔が視認出来る距離まで来て、男の正体に行き当たる。 「白神。アレって幸汰(こうだ)だよな?」 「ああ。うん」  学校で一二を争うイケメン野郎幸汰と白神は同じクラスだったが、話はおろか挨拶を交わしているところを見た覚えが無い。  正統派学園王子とガチヤンキーに接点なんかあったか? 「お前等友達だったっけ?」 「うん。まあ、色々あって……」  目が泳いでいる。  隠したい関係なのかよ。 「首筋のキスマークの相手か」  白神は慌てて首に手を当てるが、首までスッポリ覆っている目出し帽の存在に鎌掛けだと気付き、非難がましい目で睨む。 「お前、分かり易過ぎ」  イヒヒと笑うと横っ腹に軽いパンチが見舞われた。  痛っ!  ふざけている間に二人はバンの直ぐ側まで来ていた。  俺と白神はそっとドア前にスタンバイする。  幸汰が足を止めると志波も足を止める。  それを合図として白神がドアを一気に開け、驚きから硬直する志波を俺が力ずくで引き摺り込む。  止めろと必死に抵抗する志波の両手を素早くガムテープで括る。  ふざけるなと喚き散らす志波の喉元に、白神は金属性の定規の先を押し当てた。 「大人しくしないと刺すよ」  死角になるように当てられている為、硬く尖った感触からそれをナイフだと誤認した志波は抵抗をやめた。  志波は身に起きた突然の事態に恐怖からか震え、荒い呼吸を繰り返しながらバンに乗り込む幸汰を見る。 「何が目的だ。金なんか持っていないぞ」 「金? そんなものは要らねーよ。ただ皆で仲良くなろうってだけだ」 「仲良くだと。ふざけるな。これは立派な拉致監禁だ!」 「それはあんたが訴えた場合の話だろ?」 「訴えるに決まっているだろう!」 「そう興奮するなよ。仲良くなればそんな気は失せるって」  幸汰が人差し指で頬をなぞると志波は顔を逸らした。 「誰が仲良くなんかするものか!」 「硬く考えるなって。出会い系で相手探すくらいだ。誰でもいいんだろ? なら、その誰かが一人じゃなく複数になるだけだ。大した事じゃない」 「冗談じゃない! そんな……」 「大人しくしていれば暴力も薬も使わない。ただ暴れたり騒いだりしたら……分かるだろ?」  声を出せない俺に代わり、インテリ系イケメンがえげつない事をゲス顔で言ってのける。  効果は半端無い。  声も表情も穏やかだが、内から滲み出る幸汰のドSオーラに志波は息を呑む。  自分の身に何が起こるかを想像し、絶望から表情を凍らせ、俯く。  ガムテープで括られた両手を睨むように見詰め。 「君達は最低だ」  消え入りそうな小さな声でそう零した。

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