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ネコ-9-

 三田のバンは後部座席が対面式の三列シートの為、志波を挟む形で右に俺。左側に白神が座り、志波の正面に幸汰が座った。  一人優雅に外の景色を眺める幸汰を射る様に睨む志波。  気丈に振舞ってはいるが、緊張と恐怖から顔色を失い、震えている姿に良心が僅かに痛む。  ネタばらしをしてしまいたいが、ドッキリだったと知れば、喚き暴れるだろう。  俺は兎も角、協力者三人にこれ以上迷惑かける訳にも行かない。  もう少しだけだと心を鬼にして口を噤み、目隠しにと余っている目出し帽を後ろ前にして被せる。  勿論呼吸が出来る様に覆うのは鼻までだ。  視界を奪われ、パニックを起こした志波は身体を揺すり抵抗を見せるが、白神によって腰元に定規を押し当てられ、硬質な感触に竦みあがり、すぐに大人しくなった。  目出し帽のせいで見えないが、(はな)を啜っている事から志波が泣いているのが分かる。  怒りか、恐怖か、悔しさか、(いず)れにせよ、泣くほどに追い詰めている気まずさから幸汰は顔を奇妙に歪ませ、白神は心配そうに俺を窺い見る。  俺は首を左右に振り、白神に堪えろと促す。  狭い車内に洟を啜る音だけが落ち、重苦しい空気をそのままに車は目的地へと進んで行った。  俺の住むマンションの駐車場に着くと、カチコミグッズが入っていた大容量ボストンバックを空にする。  白神と幸汰が志波を言いくるめて中に入れると、俺と白神は目出し帽を脱いだ。  本当は本人を歩かせた方が楽なんだが、目隠しをした人間を連れていたら管理人さんが警察に通報するかもしれないので、荷物を装って運ぶ事にした。  成人男性を運ぶのは事だが、三田は引越し屋で働く筋肉マッチョな男だ。  志波入りボストンバックを軽々肩に担ぎ上げて俺の部屋まで運んだ。  下が柔らかい方が三田も気を使わずにボストンバックを下ろせるだろうと、ベッドに下ろさせると三人を連れて一度部屋を出た。 「悪かったな付き合わせて」 「別に俺らはいいけど、志波さん平気かな?」 「泣いてましたもんね」  ドッキリ作戦にはしゃいでいた三田までも申し訳ない顔で頭を掻いた。 「フォローはちゃんと入れとくよ」 「恭路(ユッキー)、あんまり無理しちゃ駄目だからな」 「ガキじゃねーんだ。弁えているよ。ってか、白神(おまえ)にだけは言われたくねーし」  ぶちギレたら後先考えずに突っ込んでいく単細胞がどの口で言うんだか。  軽く息を吐き、次いで幸汰へ向き直ると、バンの中で見せていたふてぶてしい笑みはなく、無表情にこちらを見ていた。 「変な事に巻き込んで悪かったな。助かったよ」 「もう、いいなら帰るけど」  謝罪も礼も無視して端的に告げる幸汰に、後日改めて礼をすると告げるが「いいよ。別に」と素気無く断られた。 「行くぞ。白神」  幸汰は首を傾け白神を呼び寄せると、そのまま二人はエレベーターに向かって歩いて行き、そんな二人の後姿を三田は奇妙な顔で見送り、一拍おいて「俺も帰ります」とエレベーターではなく階段に向かった。  三人を見送った俺は部屋に戻るとボストンバックに入ったままの志波がいる寝室へと向う。  ゴソゴソと蠢くボストンバックのファスナーを開け、窮屈そうに身体を横たえている志波の二の腕を掴み引き起こす。  俺の腕から逃れようと身を捩じらせるが、強引に引き寄せ、目隠しとして被せていた目出し帽を取った。  反射的に顔を背けるが、何度か瞬きを繰り返すと志波は辺りを窺い、そしてこちらを向いた。  志波の瞳が驚きから見開かれる。 「大黒…何で……ここは何処だ……」 「ここは俺ん()だ」 「大黒の家……?」  いまいち状況が理解出来ていない志波は視線を彷徨わせる。 「さっきの連中は……」 「デカイ目出し帽の男は俺だ。他の三人は高校からの友達(ダチ)だ」 「ど、どう、いう事だ……ちゃんと説明しろ」  極度の緊張から解放されたからか、見開いた瞳から涙が零れ落ちる。 「なんだ、これ……」 「痛い目見たばかりなのにフラフラしているお前にちょっと灸を据えてやろうと思ってな」 「灸を、据える……だと?」 「出会い系の奴に監禁されるなんてざらにある話だろうが。今回はただのドッキリで済んだけど、もしも実際にそうなったらどうする気だよ、お前」 「そんなの、仮定の話じゃないか」 「そうなってからじゃ遅いんだよ。今日のドッキリで十分怖い思いしただろ?」  志波は黙ったまま俯く。 「俺、言っただろ。話くらい幾らでも聞くって。困っている事があれば言えよ。何でネカフェ難民なんかしているんだよ」 「なんで…知って……」  弾かれたように顔を上げた志波は見る見る間に表情を曇らせる。 「かっ、かん、監視して、いたのか?」 「監視なんかしていない」 「じゃあ何でネットカフェに泊まっていた事を知っているんだ! 今日だって僕と相手しか知らない待ち合わせ場所に現れて……一体どうやって……」  志波は瞬きを忘れたかのように目を見開いたまま、涙を流し続ける。 「せっ、せっかく、携帯電話を捨てたのに……。何だこれ、何なんだ、気持ち悪い……」  ガタガタと震える志波に手を伸ばすが、志波は座ったまま後ろにいざった。  明らかな拒絶反応に伸ばした手を止め、そのまま落とす。 「志波。俺はお前が心配で……」 「心配? 心配と名を付ければ何をしてもいいのか? 君は一体何なんだ。僕の親でなければ親戚でもない。それどころか友達ですりゃないじゃないか。何の権限があって僕のプライベートに踏み込む!」 「お前がどう思っていようが、俺はお前を友達だと思っている。友達が友達の心配するのは当たり前だろ」  そう言うと、それまで困惑に揺れていた志波の瞳に怒りが滲んだ。 「はっ。笑わせる。何が友達だ! 君にとって僕はその他大勢の一人でしかないじゃないか!」 「そんな事は……」  あまりの剣幕にたじろぐ。 「なら、中学卒業以後、僕の事を思い出した事があるか? 僕に会おうと行動を起こした事があるか?」 「それは……」 「ほら、やっぱりない!」  傷付いたように顔を歪ませ笑う志波に再び手を伸ばそうとするが、今度は言葉でもって拒絶を受けた。 「僕に触るな!!」  獣が毛を逆立て威嚇するように、ピリピリとした空気を放ち怒りの目で睨む。 「君の自己満足に僕を使うな。慈善活動なら他でやってくれ!」  吐き捨てられた言葉に、鉛でも飲み込んだかのように胸が重くなった。  中学の三年間を否定され。  クリスマスから今日までの心配を否定され、情けなさと腹立たしさを覚える。 「僕の事は放っておいてくれ」  怒りの滲んだ声で言われ、自分の勘違いに気付く。  中学の頃そうだったからと、今も同じとは限らない。  今の志波に俺の助けなんか必要なかったし、心配はただの迷惑でしかなかったのだ。  何時もの意地っ張りではなく、本当に放っておいて欲しいのだと放つ空気から伝わる。 「分かった。今後一切お前に関わらない」  苦々しい気持ちを吐き出すようにそう告げると、志波の瞳から止まりかけていた涙が再び溢れ出た。 「ただし、今後出会い系とかは止めろよ」 「さ、指図される、覚えはない」 「指図じゃない。忠告だ」 「そんな忠告を聞いていたら、僕は一生一人なままだ」 「んな事ねーよ。普通に大学で知り合ったりとかあるだろう?」 「かっ、簡単に言わないでくれ! 男女の恋愛でだって出会いの確率は低いのに、男同士なんて無いに等しい。相手を見つけるには手段を選んでいられないんだ!」 「だからって、出会い系なんかほぼヤリ目的だぞ。中には変態プレイを相手の同意なしにやる奴だっているんだ」 「何でもいいよ」 「はぁ?」  捨て鉢な志波の物言いにイラつきを覚え、返事に険が滲む。 「君も男だ。分かるだろ。どうしようもない時があるんだ」  男ならある事だ。分かる。  だがそんな即物的な理由で相手を探したりしないと、勝手に信じていた俺は何故か裏切られたような気持ちになる。 「お前、恋人が欲しいんじゃなくて、ただヤリたいだけかよ」 「そう、だよ。悪い…か」 「突っ込んでくれりゃ何でもいいのか」 「そ、うだよ」 「変態プレイでも、複数人に輪姦(まわ)されてもいい訳だ」  ほんの少し前にバンの中で幸汰の吐いた嘘に泣いていたのだ。  そんなのは冗談じゃないと何時ものように言い返すと思っていた。  いや、言い返してくれと期待していた。  嫌悪と恐怖の色を浮かべ、首を左右に振って拒絶して見せてくれればと……。  だが、志波は表情を硬く凍らせたが、そうなっても仕方ないと、諦めるように俯いた。 「た、例え、そういう目にあったとしても、君には関係…ない」 「ああそうかよ」  不器用な友達が痛い目に遭わないように、クソみたいな奴に泣かされないようにと、この数日ずっと気を揉んでいたっていうのに……。  悩みなら幾らでも聞いてやると言ったのに。  ネットカフェ難民なんかやるくらい困ってても頼らない。  お前にとって俺は相談するに値しない人間なのかよ。  クソッ!  ズボンからベルトを引き抜き一歩距離を縮めると、その分志波は後ずさる。  だが、狭いベッドだ。すぐに逃げ場を失い狼狽える。 「大黒…何を……」  質問を無視しガムテープで括ったままの両手の間にベルトを通すと、ベッドの柵状のヘッドボード固定し、繋ぎ止めた。  手首をガムテープで括られている為、前腕をベッドへ付け、足を崩して座っている志波の太腿を軽く叩く。 「腰を上げろ」 「何で……」 「言われた通りにしろ」  恐怖の色を滲ませつつもきつく睨みつけ、動こうとしない志波のケツを勢いよく叩く。 「同じ事を二度言わせるな」  暴力に慣れていない志波は何が起こったのか分からず、固まったまま動けずにいる。  そこへもう一発、ケツへの平手打ちを叩き込む。 「痛いのが好きなのか?」  問うと、要求を呑まない限り叩かれ続けると判断した志波はぎこちない動きでゆっくりと腰を浮かせた。  手を伸ばすと避けるそぶりを見せた為、鋭く睨みつける。  俺は面倒くさそうにファスナーを下ろすと、下着と一緒に一気にスラックスを引き摺り下ろした。  下半身を露にされた志波は足を閉じ、身を縮める。 「何を……するつもりだ」 「何でもいいんだろう?」  感情の篭らない俺の声に、志波は顔を引き攣らせながら止まる事のない涙を更に流した。

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