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ネコ-13-
元旦をヤりっぱなし、ハメっぱなしで過ごし、気付けば夜になっていた。
最後の方で意識を失い、そのまま泥の様に眠りに就いた志波の目覚めの第一声は「君は鬼か!」だった。
いや、だって「ほしい」っておねだりしたのお前じゃねーか。
まぁ、途中「無理」とか「許して」の言葉を無視したのは俺だけどな。
「悪かったよ」
ベッドの上で掛け布団に包まったまま、むくれっ面をしている志波の頬にキスをすると「こんなもので僕が誤魔化されるとは思うなよ」と返って来たが、嬉し恥ずかしそうに口元を緩めている事から十分誤魔化されているようだった。
ははっ。
可愛い奴。
いい加減腹が減ったので冷蔵庫内にあるものを適当にぶち込んだ鍋を用意し、志波と二人で突っつきながらネットカフェ難民をやっていた理由に話を向けるが、志波は口を割らなかった。
痛みを堪えるようにして俯く志波が少しでも話し易くなればと告白の免罪符を発行してやる。
「恋人に隠し事をするんじゃねーよ」
免罪符の効果は絶大で志波は持っていた箸を落とし、暫しフリーズしていたが「こっこっこっこっ」と鶏の様に繰り返した後「恋、人…うん。恋人…か。…うん」噛み締める様に呟き、そして漸く重くしていた口を開いた。
「ネットカフェで寝泊まりをしていたのは、母の監視下から逃げ出したかったからだ」
聞けば、志波の母親は物心付いた時からずっと志波のやる事なす事全てをチェックしていたそうだ。
勉強以外を取り上げられ、家と学校と習い事関係を往復するだけの毎日。
母親が組んだスケジュールをこなすだけの息苦しい生活から逃げ出すべく、全寮制の高校へ入学し、大学は母親の希望する大学に入る事で一人暮らしの権利をもぎ取ったのだと言う。
高校に入学して直ぐに行われた寮での新入生歓迎会でエロDVDを見た事で自分の性的嗜好に疑問を持ち、それを払拭する為に何度と無くエロDVDの上映会に参加してみたが、疑問は払拭されるどころか疑惑を深めた。
そんな志波を同士かもしれないと勘付いた三年の先輩から男同士のエロDVD(例のお仕置きモノ)をこっそりと貸し与えられ疑惑が確信へと変わったそうだ。
自分がゲイだと自覚すると『人と違う』事が恐怖となり、人に知られるのを恐れた志波はDVDを貸してくれた三年の先輩にも言えなかったと言う。
高校を卒業し寮では人目を気にして調べる事も出来なかったゲイに関する情報を一人暮らしとなった事で調べられるようになり、悩みを語り合う仲間をネットで探し、そして何人かのネット友達が出来た。最近ではゲイバー等にも何度か足を運び『人と違う』『普通じゃない』という不安から徐々に解放されていた。
だが、大学が冬休みを迎えた日。
何時も通りにワンルームマンションに帰ると大家に言って鍵を開けさせたのか、母親が部屋の中で待っていたそうだ。
一人暮らしとはいえ、几帳面な志波は男同士の雑誌は確りと隠していた。
と、いうのに所持していた雑誌は全てテーブルの上に積み上げられ、そして糾弾された。
自分の価値観を押し付ける事しかしてこなかった母親にどんな言葉を持ってしても理解は得られないと、雑誌は友達からの預かり物だと嘘を吐き、必死に弁解した。
ところが、志波の弁解を覆す証拠として母親から位置情報の履歴書を突きつけられた。
そこにはゲイバー等の住所が確りと刻まれおり、志波は愕然とした。
訳が分からず詰め寄れば、母親は志波の携帯電話にGPS追跡アプリをダウンロードし、それを使いずっと監視していたと明かされた。
『大学と家以外の余計な場所に行ってはいないかと心配していた』と。
監視されていた事実とゲイだとバレた事で志波は恐怖と怒りから玄関に携帯を投げつけると踏み潰し、そのままワンルームマンションを飛び出したが、行く当てはなく、所持金も限りがある為に緊急避難としてとりあえずネットカフェへ行き、ネット友達に相談したところ会う事になり、指定されたカフェに行き、薬を盛られ公園で襲われそうになっていたところを俺に助けられた。という事らしい。
「まぁ、そこまでは分かった。けどよ、なんでホテルで分かれた後、俺に連絡しなかったんだよ」
「それは……。君がホテルに忘れていった指輪を見て、特定の女性が居ると分かったから迷惑はかけられないと思ったんだ」
「はぁ? 別に連絡貰ったくらいで迷惑なんかかからねーよ」
「僕は…!」
俯いていた顔を上げると顔をくしゃくしゃに歪め、再び俯く。
「僕は……君の事が好きなんだぞ! 側にいたら何をするか分からないじゃないか……」
「押し倒して無理矢理ヤるとかか? 俺とお前の戦闘能力差を考えたら無理あり過ぎるだろう」
「男は即物的な生き物だ。身体がその気になれば相手に好意を持っていなくても出来る。触るなり何なりして勃たせれば何とかなる。……と誰かが言っていた」
何だその適当な情報は。
勃ったからっていって誰振りかまわず突っ込まねーよ。普通。
「現に君だって何とも思っていない僕に手を出したじゃないか」
責めるような、拗ねたような声と表情に、ここ数時間の記憶を手繰り寄せる。
そう言えば、大事な事言っていなかったかもしれない。
「志波」
「何だ」
「俺、お前の事好きだから」
「は!?」
愛の告白をしたというのに志波は鬼の形相で俺の胸倉を掴んだ。
「何だその軽い告白は! ふ、ふざけているのか?」
「あぁ? ふざけてなんかねーよ。マジで好きだって」
「軽い! 軽過ぎる! 僕が今までどんな気持ちでいたと思うんだ!」
知らされていない気持ちなんか分かる訳ないだろう。
今までの事なんか知るか。
「報われないと分かっていてもずっと君の事が頭から離れなかったんだ。他の人間を好きになろうと努力したが、思い出の中の君と比べてしまって無理だったんだぞ」
拗らせてんな。
そこまで思われるほど良い男じゃねーだろ。俺。
「辛かったんだな」
「うっ…」
「寂しい思いしてきたんだな」
「べっ…別にそんな事……」
「お前が苦しんできた分、今日から嫌って言う程、愛してやるから、泣くな」
胸倉を掴んでいる手を取り、強引に引き寄せると、頬を伝う涙を掬う様にキスをする。
「ほっ、本当に僕の事…思っているのか?」
「何でこんな事になっているか分かるだろ」
志波の手を俺の股間に導く。
熱を帯びたソコに触れ、志波は身体を震わせた。
「あっ…あれだけしてまだ勃たせるなんて、君はケダモノか!」
ははっ。
今まで淡白なセックスしかしてこなかったから知らなかったけど、俺って、結構絶倫だったみたいだ。
「仕方ねーだろ。好きなんだから」
「なっ……」
「お前の声で、匂いで、堪んなくなるんだよ」
志波の唇を優しく食み。
「分かるだろ?」
囁くと、志波は恥ずかしそうに俯き、そのまま俺の肩へと顔を埋めた。
「それは…その…分からなくも…ない…」
ツンツンキャラの志波の甘えの仕草が可愛くて、ついからかってしまう。
「んじゃ、ヤるか」
軽い冗談で言った言葉に志波は勢い良く頭を上げ、驚きとも恐怖ともつかない表情で俺を見詰めると。
「きっ、今日はもう無理だ! 勘弁してくれ!」
本気で拒否られてしまった。
翌日。
迷惑を掛けた三田と白神 には電話で志波と付き会う事になったと報告した。
三田は暫しの沈黙の後「どうあっても俺の恭路さんへの思いは揺らがないっス!」と返され。白神にいたっては「やっぱりなー」と言われた。
「何でやっぱりなんだよ?」
『だってさ。どうでもいい男 が男にケツ撫でられてても何とも思わねーよ、普通。まぁ、目の前で困っていたら助けたりもするけど、態々距離あるところからすっ飛んで来ないって』
言われてみればそうかもしれない。
三田や白神がケツ撫でられている画像を見ても、テメェでなんとかしろって思うな。
『それにさ。バーで志波さん観察してたらさ、志波さんが目で追っている男の雰囲気が恭路 に似た感じの奴ばっかりだったから、もしかしてって思ったんだよな』
あーー。なるほどね。
ゲイバー前での疑いの眼差しと質問はそういう訳かと納得する。
「まぁ、そういう事だから。俺の恋人って事で志波の事も宜しくな。幸汰にも宜しく言っておいてくれ」
白神との電話を終え、志波へと向き直ると志波は顔を真っ赤に染め、正座していた。
「どうしたよ?」
「別に何でもない」
大方、友達共に恋人宣言された事で照れているのだろう。
本当に可愛い奴。
「んじゃ、そろそろ行くか?」
「ああ」
志波は実家にもワンルームマンションにも帰りたくないと言うので。俺も帰したくないので。
俺の家で一緒に暮らすって事になった。
冬休み中はいいとしても、大学が始まれば簡単に親に捕まってしまうだろうから、大学が始まる前に志波の親には話を付けに行くつもりでいる。
ほぼ百パーセント話は付かないだろうがな。
けじめは大切だ。
話がどう転ぼうが、志波を手放す気は全く無い。
息子はやらんと言われても力技で分捕る気満々だ。
だから今日は同棲生活をするにあたって必要な物の買出しに行くのだが……。
志波は小さな声で「デートだ。デート。大黒とデート」と呟いている。
ただの買い物をデートにカウントするのか?
いいのか?
平静を装ってはいるものの明らかにそわそわしている志波の手の中にあるメモ用紙を見れば、十五分単位でスケジュールがビッシリと書き込まれている。
十五分刻みって……。
それは一体……何なんだ?
教育ママの呪いか何かか?
志波の手からメモ用紙を奪うとそのままポケットの中に押し込む。
「何をするんだ!」
「十五分刻みのタイムスケジュールとか組むな。デートなんだろうが?」
僕のやる事にケチを付けるなと噛み付くと思いきや、志波は口元を緩めた。
「どうしてもと言うのなら、君にリードさせてやってもいい」
そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。
まぁ、志波が良いなら良いか。
今にも鼻歌を歌いだしそうなほど浮かれているが、元旦の無理もあって、志波の歩き方はぎこちない。
身体が辛いだろうから、サイズを教えてくれたら買ってきてやると言ったのに自分も一緒に行くと言い張り今に至る。
「そんなんでバイクに乗れるか?」
「問題ない」
「やっぱタクシー呼んだ方が……」
「バイクがいい! 大黒の後ろに乗りたい!」
ケツが辛いと思うんだけどな。
どうあってもバイクで買い物に行きたいらしい。
俺は軽く溜息を吐くとヘルメットを二つ持ち、玄関の扉を開けた。
「しんどくなったらちゃんと言えよ」
「分かっている」
「無理したり嘘を吐いたら、後でお仕置きすんぞ」
一応脅しで言ったのだが、志波は嬉しそうに顔を綻ばせ「分かっている」と、俺のダウンジャケットの裾をぎゅっと握ったのだった。
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