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誘拐【9】コピーの昔語り 1
コピーは咄々と話しだした。
1番古い記憶は、部屋の外で母が扉を開けてくれるまで待つ自分だ。
コピーの母は娼婦で、住んでいるのは娼館の1室だった。父さんという生き物は見たことがない。母が客を取る間、コピーは薄暗い廊下でジッと待つ。
あの扉が開くまでただひたすらに―――
「また来てよ~」男にしなだれかかり、豊満な胸を顕にする女が部屋の中に手招く。
「寒かったろ?おいで」その腕に抱かれ粗末な部屋に入る。
乱れたベッドとタンスしかないその部屋がコピーと母の城だ。男がくれたというオレンジ色の果物をむいて食べさせてくれる。
「おいしいかい?」頭をクシャリと撫でられる。
みずみずしいそのオレンジ色の果物はすごく酸っぱくてほんの少し甘くてボクは夢中で皮まで食べた。母はそんなボクを見て嬉しそうに笑って愛してるって言うんだ。
ボクは意味がよくわからなかったが、母が愛してるって言ってくれると、さっきまで寒かった心と体が暖かくなるんだ。
あの頃の自分は幸せだったのだと思う。
何年後かわからないが、ある日廊下に出されていたコピーの耳に苦しそうな母の声が聞こえた。
バタンとドアが開き、見知らぬ男が走って出ていった。
いつもは『おいで』と言ってくれる母はベッドの上で力なく目を見開いたまま死んでいた。
その唇が愛してるって言ってくれることは二度となかった。
たくさんの大人がコピーの頭上で話をしていた。
しばらくは娼館で下働きとして仕事をさせられた。掃除・洗濯・娼婦たちの食事作りなんでもやらされた。ヘマをすると殴られ蹴られ、通りに放り出された。
お漏らしが治らず、水をかけられ凍える体で謝った。
いつもお腹が空いていたボクはゴミをあさって食べれるものを探して食べていたが、それも見つかると厳しく折檻される。
お腹が空いて眠れない、眠れないと次の日がツライ。手が荒れて血が滲む、痛みを堪えて毎日働いた。
そんなある日ボクは腕を縛られトラックの荷台に乗せられた。「買い手が見つかった」らしい。
大人たちの話が聞こえてくる。
「可愛そうにな…」
「え…奴隷としてじゃないのかい」
「いや…内臓だろう かわいそうに」
ボクは売られるだけじゃなく内臓をとりだされ…その後死ぬんだろうことを察した。
(痛くないといいな…)そんな事を考えるだけで涙は出なかった。
「おい、お前」 狭い路地に声が響いた。
そこには立派な身なりの男の人が立っていて、ボクの方を見て話しかけているようだった。
「そこのお前 生きたいか?」
(いきたい…?)
ボクは返事ができなかった。いきてても何もいいことなんかない…でも死ぬのも怖い。
返事をしないボクに舌打ちし 大人たちと話をしはじめた。
大金を渡すのが見えて、ボクはトラックから降ろされてその男の車に乗せられた。
車が着いたのは街から離れた木の多い地域のお屋敷で、部屋に入ると腕の縄をほどいてくれてボクの顔を確認し、髪をなでつけた。
「お前の名は今日からコピーだ」
「…はい ご主人様―――」
この人がボクを買ってくれた。内臓を取るためじゃなく…?
屋敷の地下室でご主人様はボクを風呂に入れ、きれいな服を着せてくれた。
荒れた手に薬を何度も何度もすり込んでくれた。
量は少ないけどおいしいごはんを食べさせてくれた。
ここでの自分の役割がわからず困惑するボクに
「お前はオレの弟になるんだ オレが一生愛してやる」そういった。
「アイシテヤル」 愛―――?
ボクはこの地下室から出ることはできなかったけど、ご主人様がいてくれて抱きしめてもらえるので幸せだった。
たまに出かけたご主人様は、戻ってくるとボクをアイシテくれる。
可愛い可愛いと言いながら、ボクの全身をアイシテくれる。
その時だけご主人様はボクの事をコピーじゃなく『フェル』と呼んだ。
汚かったボクの肌は毎晩ご主人様が塗り込めてくれる液体でスベスベになってきて、それを見たご主人様が嬉しそうに笑ってくれる。
ボクはご主人様のアイに満たされていた。
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