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第5話

「潤様、お帰りですか?」 「あぁ。傘を……。佐伯はまだ眠っているから適当な時間になったら起こしてやってくれ」 「かしこまりました」  フロントで傘を受け取ると足早にホテルを後にする。  昨夜は結局、もう一回と佐伯にせがまれてバスルームでも身体を繋げた。女みたいに孕む心配がないことをいいことに、佐伯も他の客も大抵は中に出す。ちゃんと掻き出してくれる客もいればそのまま放置な客もいる。  佐伯はいつも後処理まできちんとしてるのに、昨夜はそんな暇もないくらいがっつかれた。  たくっ、腰は痛いし、尻にはまだ中に入ってるような感覚はするし、最悪だ。 家に帰ったら掻き出すしかないか……めんどくせーな……  佐伯とは少し距離を置いた方がいいかもしれない。それに、そろそろ潮時かもな……  ……と、そんなことを思いながら早朝の朝靄の中を重い身体を引きずるように歩いていると前を歩く人影に目が止まる。  あの男…… 「おい!」  思わず声を掛けると、振り向いた男は少しびっくりしたような顔をした。 「潤……様」 「やっぱりお前か。何やってんだよ、仕事は?」 「仕事は終わりました、今から家に帰るとこです」  その男は昨夜も俺たちに仕えていたあのバトラー。  仕事上がりだからか、セットされていた髪は下ろされ少しだけ無精髭が。それに、スーツ姿とは違うラフな格好な男は、その格好とは似つかわしくない物を持っていた。 「傘……」 「え……あぁ、出勤の時は雨降ってましたからね」 「そう……だな」  そういうことじゃないと言おうとして、咄嗟に自分が持っていた傘を後ろに隠してしまう。  何故、そんな行動をしてしまったのか…… 「潤……様?」 「も、もう、仕事じゃないなら“様”は付けなくていいよ。それに、お前の名前……なんて言うんだ?いつもバトラーって呼んでるからさ、知らなくて」 「え……あ、名前……は……」 「どうした?」 「いえ……和泉(いずみ)と申します」  そう言って控えめに名刺を渡された俺はその名前にびっくりした。 「和泉……淳之介(じゅんのすけ)」 「何か?」 「いや、なんでもない」  一瞬過ぎったあの……  いや、まさかな…… 「あの……佐伯様とはもうお別れに……」 「佐伯?まだ寝てるんじゃないかな。俺、いつも先に帰ってきちゃうから。まぁ、することして用が済んだらさっさと帰って寝るのが俺のポリシー」 「随分とさっぱりしてるんですね……」 「そのくらいじゃないと生きていけないからさ。お前も早く帰って寝ろよ」  結局、和泉とは大した話もしないで別れた。多分これ以上話していたら余計なことを言ってしまいそうだったから……かもしれない。  余計なこと……か。  自分の思考に苦笑しながらも、和泉が去った後もその場に佇み、手元にあるこの和傘を見つめていた俺は…… 「淳之介……」  そう無意識に口にしていた。

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