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第6話
「和泉……いつもの」
「かしこまりました」
あの日から数日後、俺は再び佐伯に呼び出された。
その日、本当は違う客が先約で入っていたが、どうしても話したいことがあるとせがまれ、そっちを断りこうしていつものホテルへと足を運んだ。
「潤様、今日も佐伯様ですか?」
「そう。なんで?」
「いえ……」
アイスボールが入ったグラスにはいつものウイスキー。
それが和泉の手によって俺の目の前に置かれる。
「和泉……お前さ、好きな女といるか?」
「え?い、いえ……いません……けど」
何故急にそんなことを聞いてしまったのか……
「そうか」
グラスを手に取ると同時にピアノの生演奏が始まり、フロアの雰囲気が変わった。
「どうか、されたんですか?」
「いや……」
多分、佐伯は俺にもう一度愛人契約を要求してくるんだろうと思った。だから、佐伯に会うのは今夜で最後にしようと決めてここに来た。
そうなると、和泉に会うのも最後になるわけで……そんなことを考えていたら、何故か急に……
「潤……様……」
何かを察した和泉が、グラスを持つ俺の手に触れると何かをぽつりと呟いた。
「和泉?」
それは、突如聞こえた拍手と喝采で掻き消されてしまった。
「随分と親しくしているじゃないか」
そこにタイミング悪く現れた佐伯に、和泉が即座に俺から手を引く。
「佐伯様、いらっしゃいませ……お飲み物をお持ちいたしましょうか?」
「いや、いらない。すぐに部屋に行くからキーをくれ」
いつもの落ち着いた佐伯とは違う。
「かしこまりました、少々お待ちください」
和泉が何事もなかったかのように手続きをしてカードを佐伯に渡すと、無言で俺の手を取り歩き出した。
「さ、佐伯様?」
「部屋に着いたら話す」
和泉を振り切り、フロアを出るとエレベーターに乗り込む。そして、無言のまま部屋へと辿り着くと鍵を開けて、俺を押し込むように中に入れてきた。
「ちょっ!佐伯様っ!」
「悪い……つい、頭に血が上ってしまって」
「どうしたんですか?」
「嫉妬だよ、お前があのバトラーと親しげにしているのを見ていたら……」
そう吐き捨てると、部屋のドアに押し付けるように両手を拘束された。
「佐伯様、やめてください!」
「嫌だ、お前は僕のものだ……」
「ちょっ……ッ……」
完全に我を忘れた佐伯が俺の首筋に舌を這わせて吸い付いてくる。荒々しいそれに、今まで味わったことのない恐怖を感じた。
「潤……愛している……愛しているんだ……だから、僕だけの男になってくれ……お願いだ」
うわ言のように繰り返される愛の言葉。
本来、存在してはいけない感情を露わにするほど佐伯は俺に本気になってしまったということか……
つくづく馬鹿な男だと思った……
「佐伯様っ、やめてください。俺はあなたの愛人にはなりません。それに、もう二度とあなたにも会いません。意味、分かりますよね?」
「分からない!何故だ!金ならいくらでもやる。一生面倒見る覚悟だって……」
「佐伯様が俺を気に入ってくださるのは嬉しいです。でも、これはビジネスであって愛は必要ない」
「どうして僕じゃダメなんだ……」
「佐伯様だけじゃありません。誰と寝ても客として接する以外はありません」
誰と寝ても……
そうだ、そうなんだよ……
「佐伯様、落ち着いて答えてください。俺のことが好きなんですか?」
「え……?好きだよ、愛している。さっきから何度も言ってるじゃないか!」
「そうですか、分かりました……では、契約違反です。佐伯様とはもう二人では会いません」
「なんでだ、僕が一番だと言ったじゃないか!」
「確かに言いました。でも、愛しているわけじゃない……申し訳ございません」
佐伯に情がないと言ったら嘘になる。一年以上続いた関係だ。だけど、それは愛とは違う。
微かに残る俺のそんな純粋な部分は真っ黒に塗りつぶされるように、佐伯への僅かな情も一気に冷めていく。
そうだよ、やっぱり俺は誰も愛しちゃいけないんだ……
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