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第3話
あの日から、清水に新月の夜にだけ散歩に誘われるようになった。
やることもないので、彼の誘われるがままついて行っているが、彼と俺の間には数メートルの距離ができている。
あの日の彼の視線、手の感触を思い出すとどうも、そわそわと落ち着かない自分がいるのだ。
今日は、夜空に月が浮かんでいるので散歩に誘われることはないだろう。
(さて、夕飯を持っていこうか)
出来上がった夕飯をお盆にのせて清水の部屋の前に置く。三回ノックをしてから「夕飯、置いておきますよ」と声をかけて俺はリビングへと戻る。
初めてご飯を持って言った時にノックをしたら「二回ノックは、トイレだ」と不愉快そうに部屋から清水が現れたのを思い出し、くすりと笑う。
清水は、よくわからない所も多いがわかりやすい所も多い。
例えば、今日の夕食のピーマンの肉詰め、猫、雨にコーヒー。これら全て、清水の嫌いなものだ。彼は、嫌いなものを目にすると左の眉だけ器用にあがるのだ。
好きなものに対する清水の表情は、まだ知らない。
(どんな、表情をするのだろう)
「おい……」
「は、はい!?」
考え事をしていたせいか、清水が近くにいたのに気づかずビクリと体を揺らす。
俺のそんな態度を気にすることもなく、清水は持っていた皿を近づける。その表情は、左の眉だけあがっていた。
「何でいれるんだ」
皿の上にのっているものは、ピーマンの肉詰めで清水の言いたいことを察する。
「なんのことですか?」
けれど、俺はあえて気づいていないフリをした。
「……ピーマンはいれるな」
意地でも彼はピーマンが嫌いだとは、言わないらしい。ならば、俺も気づかないフリをしようか。
「なんでですか、ピーマンは美味しいでしょう」
「……とぼけたフリをしているが、わかってやっているだろう」
「…………」
バレている。それでも俺は、にっこりと笑いながら黙り続ける。まだ、清水はピーマンが嫌いだと言っていない。
「なるほど」
清水は、そう一言もらすと机の上にあった箸を手に持ち、ピーマンの肉詰めを小指くらいの大きさに切っては、口へ運んだ。
「……にが」
眉間にしわを寄せ呟く。呆然と見つめる俺に、彼は不敵な笑みをみせた。
その瞬間、彼に腕を引っ張られては彼の唇と俺の唇が触れ合う。無理やり口を割り開かせられては、なにか苦い塊が口の中へと入ってきた。
「あとは、任せた」
ピーマンの肉詰めが少しだけ残った皿を置いて、清水はまた部屋の中へと戻る。
その姿を俺はただ、呆然とながめていた。
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