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第4話

 西の空が黒く厚い雲に覆われているのをみて、俺は眉をひそめた。食料の調達に近くのスーパーまで来ているが、早々に買って帰らないと雨に降られてしまいそうだ。  案の定、買い物が終わる頃にはバケツをひっくり返したような大雨になっていた。内心、舌打ちをして傘を購入するため店内に戻ろうとしたその時。 「今から展覧会に行こうと思ってたのにー」 「あぁ、あの天才っていわれたαの子が写真出してるやつ?」 「うん、笹沼りゅうさん」  そんな会話が近くから聞こえてきて、俺は携帯の日付を確認した。 (そっか、今日は出るはずだったやつの……)  どうしていままで忘れていたのだろうか。俺がβを理由に断られてしまった展覧会の日だということを……。  俺は踵を返して、雨の中駆け出した。  見たくなったのだ。俺を跳ね除けてまで飾られる天才の写真を、一目見て文句を言ってやりたかった。  展覧会につくとずぶ濡れのせいか、受付の人に驚かれては気遣われる。俺は、断りを入れるとまっすぐ笹沼りゅうが撮った写真をみにいって、愕然とした。  なにも変哲のない青い空、道路に座り込む1匹の猫。細い道路をゆっくりと走る車。なんでもない、普通の日常写真。けれど、この写真には、なにか人を魅了させるそんな力がある。  敵わない。この人には、どんなに努力したって一生敵わないのだろう。 (やっぱり、αなんて嫌いだ)  俺は、ぐっと下唇を噛んでは展覧会をあとにした。 「ただいま……」  暗い部屋の中に帰ってくると、いつもは落ち着かないこの暗さもいまは何故かホッとするのだから不思議だ。 「おかえり」  言葉が返ってきたことに驚く。  リビングのソファーに誰かが座っているのがみえた。 「清水、さん」  珍しく、昼間に自室から出ている清水の隣にふらり、と近寄り、座る。  昨日、あんなことをされたが暗くて顔がわからないせいか不思議と彼の隣がこの暗闇よりも自分の心を癒している。 「なにか、あったか」  低く優しい声が静かな空間によく響いた。 「……今日、出るはずだった写真の展覧会があったんです」  ポツリ、ポツリ、と喋り出す俺に、清水はときおり相づちをうちながらも黙って聞いてくれた。 「βのなにが、いけないんでしょうか」  目頭がじわりと熱くなる。  暗くて相手にも自分の顔がわからないことを知ってはいるが、どうしても情けない顔を見られたくなくて、俺は膝を抱えると顔を埋めた。 「……私は、生まれつき目の色素が薄くて太陽や強い光に弱い」 「光に……?」  驚いて顔をあげると「心配するな」そう言うように頭を何度か軽く叩かれる。 「外に出られない私にとって唯一、外の世界を知ることができるのは母親が買ってくる写真集だけだった。見るだけでは我慢できなくなった私は、写真を模写するようになった」  あぁ、だから清水の作品は写真のような絵ばかりなのかと納得する。 「16歳になって自分がαだと知った。αなのに目に障害があるだなんて、そう後ろ指をさされることが多く、悩んでた時だった。市役所に飾られたピンク色の桜と緑色の葉が混ざり合うその写真をみて悩んでいた全てが吹き飛んだ」  清水の綺麗な瞳と目が合う。吸い込まれそうなその瞳がゆらりと揺れた。 「αだろうが、βだろうが、障害があろうがなかろうが、関係ない。やりたければやればいい。そう思わせてくれたのが佐々木誠吾。きみの写真だった」 「俺……?」 「だから、私には君が必要なんだ。αの君でもβの君でも関係ない、君だから」  必要なんだと、清水が俺を胸の中へと閉じ込める。まるで、手放したくないと言われているようでドクリと心臓が変に高ぶる。  彼の言葉も、彼の体温も、自分の変に高ぶる鼓動も、全てが心地よく感じて俺は、その胸に身体を預けた。

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