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第10話 恋愛トーク

「うわぁ、玉砕じゃん。シュウ君」 「おまっ、そこはもうちっとサランラップに包めよ」 「サランラップなんかに包んだら飲み込めないじゃん」 「だってオブラート使ったことねぇもん」  たしかに。俺も使ったことないや。  そこで、二人で一瞬黙って、オブラートについてちょっとだけ考えてから笑った。 「あーあ」  シュウ君が溜め息をついて、公園の階段の砂利を爪先で蹴って、その砂利が小さな音を立てて下の階に転がってる。 「はぁ、すげぇ、だっせ」  ずっと片想いをしているのは知っていた。  でも誰なのかはシュウ君が話さないから聞かなくて、知らなかった。  他校の子なんだって。今年卒業の高校生。お隣さんで幼馴染。  少し不良っぽくて、シュウ君の親はその子のことを好きじゃなかった。すごい嫌な顔をされてしまうんだって。ちょっと偏差値低い学校に通ってるらしくて、たまにシュウ君が数学とか教えてあげてたらしい。基礎からして総崩れだったから、って笑ってた。  天然? っつうの? すげぇ可愛いんだよ。年上にちっとも見えなくてさぁ。そう語るシュウ君はすごく楽しそうだった。  でも親が反対してて、彼女のほうもなんだか忙しそうで、ここ最近、グンと減ってしまった勉強会と増えてしまった距離。意を決して、今日、告白をしようと隣のうちへ。  そこで出てきたのは幸せそうに微笑みあうその女の子と、その彼氏だった。  正確には、もう少しで旦那さんになる彼氏。  赤ちゃんがさ、いるんだって。お腹の中に。学校を卒業したらそのまま結婚するんだって。  そう笑顔でシュウ君は言われてしまった。  もうそんなの「好き」とか言えないだろ。祝福するしかないじゃん。  極めつけはさ。  ――誰?  ――ぁ、あのね。お隣の子。すっごく頭いーんだよ。めっちゃすごい学校行ってるの。たまに勉強教えてもらってたんだぁ。弟みたいだけど、しっかりしててある意味お兄ちゃん?  どっちにしても家族枠なんだって、シュウ君は笑って、短い髪を掌でクシャリと握った。  そして、シュウ君の片想いもそこでクシャリと潰れた。 「はぁあ……」  溜め息を出して、出して、出して。涙も一粒、また落っこちた。 「そんで? 葎の片想いは?」 「…………俺の」  今さっき気が付いたんだよ。びっくりするくらい突然、いきなり目の前に、胸の中に出現したんだ。ずっと持ってたものの正体が、あの瞬間に化けたんだ。 「どんな人」 「んー……年上、すっごく」 「すっごく? マジか」 「うん。そんで、その人が恋人と歩いてるのを見た」  とても綺麗な人。俺はただの中学生。 「けど、そもそも俺は恋愛対象外だし」  先生が好きなのは女の人。そんで俺は男だ。性別も的外れ、年齢も的外れ、関係性は、大外れ。 「葎って、好きとかあんまないのかと思ってた」 「んー、なかったよ? 今さっきまではね」  そこでシュウ君が不思議そうに「はぁ?」って顔をする。でも仕方ないじゃん。今さっき気が付いたんだからさ。 「そのデート現場を見て気が付いたんだもん」 「……」 「あ、好き! って、思ったんだ……もーん……」  今度は俺が爪先で砂利を蹴って階段下へと転がした。 「じゃあ、振り向いてもらえるといいな」  シュウ君のその言葉に、体温が上がった気がした。じわりって、冷えて仕方がなかった身体がさ、自力で自分の内側からゆっくりじっくり温かくなっていくみたいな感じ。小さく身体の芯のとこに残してたあったかい火だまりが、全身に熱を広げていくような。 「け、けど、だって、相手は」 「でも、結婚するとかじゃないんだろ? 付き合ってるだけなら、まだ望みあるかもしんねぇじゃん」  違うんだ。シュウ君は俺の片想いの相手が女の人だと思ってるんだろ。違うんだ。男の人で大人で、女の人が好きなんだよ。先生は。だから、俺なんてさ。 「んー、じゃあさ、今、どう?」 「え?」 「そのデート見ちゃって、どう?」 「今は……」  今はね。そこまで言葉にした後、自分の気持ちの中をじっと見つめる。じぃっと見つめて。 「好き、だよ」  先生が好きなのは女の人なのが悔しいくらいには。自分がデートをしたいと羨むくらいには。 「じゃあ、応援するっ!」 「え? ちょ、何、急に」 「だって、お前、恋愛すげぇ疎いじゃん」  失礼な。疎いんじゃなくて興味がなかっただけだし。 「俺のほうはさ、結婚しちゃったからもう祝福するしかないじゃん」 「だ、だって、相手年上なんだってば」 「そんなん関係ねぇよ」 「ややや、あるでしょ。だって、俺ら中学生だよ?」 「だからいいんじゃん」  シュウ君の急なテンションがすごいよ。何? なんで急にそんなに? 「大人になるまでに好きになってもらえばいいんだからさ」 「……」 「だーいじょうぶだって。葎、顔が良いから、絶対イケメンに育つって。そんで、そこまでちゃんとアピっとくんだぞ?」 「……」 「俺は、応援してる。味方だ」 「……っぷ」  違うんだってば。俺の好きな人、先生なんだよ。 「絶対に叶わないよ。だって、あのさ、相手はセ、」 「好きなんだろ?」 「……」 「じゃあ、いいじゃん」  なんで、そんなにシュウ君がテンション高いんだよ。俺の片想いの話じゃん。自分は今しがた振られたばっかりでさ。それなのになんで。 「だって、葎のそんな顔初めて見たんだよ」 「……」 「めちゃくちゃ真っ赤になって、変な顔してるお前、初めて見たんだよ」  俺らは初等科からずっと一緒にいる。悪いとこはなんでも知られちゃってること。恥かしいことだってなんだって。 「お前のそういう顔見れたらさ、応援したくなるじゃん。お前のついにやって来た初恋なんだぞっ?」  良いとこは、なんでも知られてる分、理解してもらえていること。 「ガンバレよ」  幼馴染の応援に頷くと、笑ってくれた。少しだけ泣きながら笑ってた。それが、俺のした、人生初の恋愛トークだった。  四月――ヒラヒラ桜が舞い落ちて。 「葎、お前何組だった?」 「俺は五組。シュウは?」 「四組、隣だな。なぁ、葎」  短い春休みを終えて、俺たちは高校三年生になった。 「なんか進展したか?」  今年は桜の開花が遅くて、俺たちの始業式にもまだ葉が少し混じっているけれど満開の桜がヒラヒラ、ヒラヒラ、雪みたいに校舎のあちこちに薄いピンク色の絨毯を作ってた。 「ぜんぜーん」  そう答えると幼馴染兼親友は笑ってた。  全然だよ。あのまま、あの夏の日からずっと今も変わらず、俺の初恋は続いている。

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