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第11話 まだ初恋は

「遅れちゃうっ……」  始業式初日で部長会があるのに、なんでその初日のホームルーム長くするかな、担任の先生。  直江先生が担任だったら、最高なのに。  高等科の教員だし、三年、二年、一年、って俺らとは逆の順番で担任になってるから、今年は三年のどこかのクラスの担任。すごく期待してたんだ。もしかしたら、先生が担任になるかもってワクワクしてたのに。  残念。  そう上手くはいかない。 「ほら、弓道部部長」  ホームルーム後に行われることになっている各部の部長が集まるミーティング、それに遅れそうで、慌てて階段を駆け下りてたら、先生が待っていてくれた。  うちの弓道部の顧問の先生。 「……ぁ」  新卒でうちの学校に赴任してきた先生は今、三十一歳。  弓道部の顧問をずっと続けてる。担当教科は数学。切れ長の瞳がクールでカッコよくて、イケメンって生徒に人気があって、職員室にはひっきりなしに女子がやってくる。  直センセー。  そうよく呼ばれてる。 「直江先生」 「お前、五組か。福田先生、話長いからな」  結婚は、してない。 「あ、先生が悪口言ってる。告げ口しよ」 「俺は話が長いといっただけだ。話を長く、丁寧にしっかりと生徒を見ながら話してると」 「えー?」  恋人は、たぶん、いる。春休み前に映画のことを先生と話してた。あれが面白かった、これが最高、ちょっとそれは……途中寝たよね、とか、春休みの間に観る映画のオススメ作品を言い合ってた時。  ――これ、けっこう面白かったぞ?  そう先生が弓道部道具庫で、こっそりとスマホで見せてくれたのは恋愛映画だった。オムニバス形式で、一つのモチーフを共通にして話が繋がる映画。  きっとそれを彼女と観たんだと思う。先生は恋愛映画好きじゃないから。どんな人なんだろうか。中学の時、一度だけ見かけたデート中の先生。その隣に立っていた女の人はすごく綺麗だった。今のその人だったらヤだな。 「ほら、部長会」 「あ、はい」  もしもその人とだったら長いもん。なんだか結婚してしまいそう。  どうか結婚しませんように。早く別れてしまいますように。そんな悪いことばかりをお願いしてもう六年になる。  もう六年、ずっと、先生が好き。  無自覚だった頃を入れたら、十年なんて越してしまう。 「弓道部部長の渡瀬葎です。顧問は直江先生です」  視聴覚室にいくと各部長が集まっていた。運動部と文化部でなんとなく分かれて座っている。その運動部の真ん中辺りにはシュウがいた。  サッカー部部長、中学の頃からサッカーが上手かったけど、身体もなんかしっかりしてきて、男っぽくて、それなのに優しいから、女子人気すごいんだ。  そのシュウがこっちを見て、時計を見て、遅刻って無言で笑ってた。俺は「仕方ないじゃん」って眉を上げて見せてから、空いている席に座る。その後ろに部活顧問の教員が座ってる。  だから、今、後ろにいるのは直江先生。 「えー、それでは部長会しおり、三ページをご覧ください」  ずっとずっと、先生が好き。  俺の初恋は、まだ、続いてる。  四月、新学期。  初等科も中等科もいっせいに今日から始まる。  弓道場へと向かう途中、渡り廊下歩く俺の目の前を初等科の子どもがすぐ隣を駆けていった。校舎と弓道場を結ぶ渡り廊下は途中、外の人間も通れるように、仕切りが外されている。そこを男の子二人が通り過ぎた。  男女共に黒色のランドセルが指定されているんだけれど、そのランドセルがやたらと大きくて、走り抜けていった後姿を見ているとまるでランドセルそのものから足が生えてかけっこをしてるみたい。 「待ってよー! マオ君ってばぁ」 「やーだよ」  初等科の一年生? にしては、少し遅い時間だけれど。入学式はもうとっくに終わってるもんね? けど、あんなに小さい子は二年生ってわけないだろうし。 「マオくーん」 「やだやだぁ、リンくんの、おにー」  名前の響きが直江先生に似ててちょっと笑ってしまった。なお、まお、ほらね? それに追いかけてるほうがリンだって。俺の葎(りつ)とちょっと似てる。  まるで俺が先生を追いかけてるみたい。 「待って待ってー」  追いかけても追いかけてもちっとも捕まらない。歳はどうしたって、さ。十四歳の差は縮まらない。直江先生が女の人を好きになるのと、俺が直江先生の隣に並ぶ美女になれないはどうにもならない。 「一年生か、可愛いな」  この人は捕まえられない。 「……先生」  この人を好きなのがどうにもならないみたいに。どうにも縮まらないんだ。この手と先生の背中までの距離が、いっくら一生懸命に伸ばしても縮まらない。 「やっぱり、一年生なの? でも、遅くない?」 「あぁ、保護者が役員会だったんだろ。うちの学校は初日に役員決めて色んな活動がすぐにでも始まるから。その間、子どもたちは、教師がみてるんだ」  へぇ、知らなかった。そんなのあったんだ。 「一貫校だからな、まぁ色々特別なんだろ」 「ふーん、一年生かぁ」 「お前も、あんな頃があったんだなぁ。可愛かったんだぞ」  笑った。  今日は入学式に部長会に、あれこれ忙しかった? いつもよりも前髪がルーズになってて、それが春風に揺れる。舞い散る桜の花びらと一緒にゆらりゆらりって。先生の笑った顔が優しくて、たまらない。  俺は捕まえられないのに、先生はすぐに捕まえるんだ。ズルいよ。  そんな風に笑いながら頭撫でないで。子ども扱いなんてされたくないのに、嬉しくなっちゃうじゃん。  好きが、もっと増えちゃうじゃん。  もう少しで十年になっちゃうんだから。  直江先生は産休に入られた先生の代わりにやってきて教員だった。そのまま校長が正規教員として改めて招いたんだけれど。 「! って、先生がここに来たのって、俺が四年の時じゃん!」 「あははは、バレたか」 「んもー!」  からかわれたと怒ってみせたら、そこで頭の上の掌がどいてしまった。  どいてくれて、ホッとする。けれど、どいてしまって、少し残念。せっかく触れてくれたのに、もう離れてしまうことに。  春休みだけはどの部活も活動停止になる。だから春休み前の部活以来、久しぶりに会えた。先生に。 「でも、たしかに可愛かったぞ?」 「……んもぉ、そんなわけ、ないじゃん」  ねぇ、先生。俺のこと、子ども扱いしないで。  先生が好きなの。 「あ、そうだ。渡瀬、備品届いてるから」 「……はーい」  俺はもう子どもじゃないから、シュウ君のことを、シュウって呼ぶように、先生だって、俺を葎って名前で呼ばなくなったでしょう?  だから、ねぇ。 「あとで副部長と確認します」 「あぁ頼むな」  こんな時に子ども扱いしないでよ。頭撫でてイイコイイコってあやしたりしないでよ。  俺の好きは、キスをしたいの「好き」だよ。もっと、それ以上のこともしたい「好き」なの。  子どもの「好き」とは違うんだから。 「はい……先生」  子ども扱い、しないで。

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