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第14話 あめあめ、ふれふれ

 雨の日の学校って好き。  なんだかこの中に閉じ込められてるみたいで、ドキドキするから。 「あ~あ、雨、止まないかなぁ」 「シュウんとこは部活休み?」  シュウは雨が嫌いなんだそうだ。サッカーができなくなるから。一日くらいならまだしも、ここ最近ずっと雨が続いてて、サッカー部はろくにボールを触れてないんだと思う。ポジティブなシュウもさすがにウズウズしてきてたっぽい。 「部活はあるけどさぁ。やっぱフィジカルトレーニングよりもボール触りたいし。葎のとこはあるんだろ?」 「あるよー。このくらいの雨ならね」  豪雨となれば別だけれど。  的のある安土にも屋根がついてるから。ただ矢を拾いに行く時だけいちいち傘を差しながらいかないといけない。でも、雨の日はジャージに胸当てでいいからその点は楽かな。 「雨、止みそうにないね」  今年の梅雨は梅雨入りしてからずっとほとんど雨のまま。 「今朝は久しぶりの晴れ間って言ってたのにね」  お天気予報では午後、夕方には雲が出始めるけれど、貴重な晴れ間になるでしょうって言ってた、はずなんだけど。梅雨の雨雲は気分がコロコロ変わるらしい。結局雨が降ってきてしまった。  晴れ間なんて話はなかったみたいに廊下の窓から外を見上げると、ものすごく暗い色をした雨雲が広がっている。 「……葎は、どう?」 「んー?」  危ない気もしたから傘持ってきておいてよかった。 「片想いの……」  少しだけ言いにくそうに、心配顔でシュウがこっちを覗き込む。 「……してるよ。今も」  相手が誰なのかは言ってない。シュウは相手のことを訊くことなく、ただ、たまに俺の片想いが続いているかどうなのかだけをこうして確認する。 「そっか……ガンバレよ」 「うん。ありがと」  頑張ったら、追いつくのかな。年の差も距離も、全部、すごく一生懸命に手を伸ばしたら、先生の背中を掴めるのかな。 「諦めるなよ」 「……うん。ありがと」  好きな子が女子で年の差は五歳くらいのもの、距離は家が隣同士の数歩分。それでも追いつかないことがあるのに。いつもリレーのアンカーを務める、サッカー部のレギュラーで部長で、人気者のシュウでさえ、掴めなかったのに。 「……ありがと」  いつか、捕まえられるのかな。  先生のこと、捕まえられるの? 「なぁに暗い顔してんだよ。雨のじめじめにその面じゃ片想いの相手だって逃げちまうぞ」 「シュウ……俺の好きな人、雨のじめじめでも逃げるの? 嫌われてない?」 「うっせぇなぁ」 「ちょ、頭、わしゃわしゃにしないでって」  これから部活なんだから。止めてよ。それでなくても梅雨の湿気で髪がなんかクタクタしてるのに。 「もー、マジで、シュウはさぁ」 「あはは、ボッサボサ。下級生に美形な弓道部部長のこれを見せてぇ」 「美形じゃないっつうのっ!」  なんだよ。その美形って。先生もそういってからかってたけど、本当に美形だと思ってるんならおとなしく捕まってよ。 「あ、直センセー」  俺の手に捕まえられてよ。 「センセー!」  ねぇ、先生。 「おーい!」  直江先生がそこにいた。手にはまだ教科書とクラス名簿があるから、部活にはまだ来れないっぽい。  シュウの大きな声にその名簿を持った手を少しだけ上げて、そのままたぶん数学準備室へと向かった。 「なんだろうな。センセーこっち見てボーっとしてた。五月病? 湿気にやられた?」 「あのね、シュウ」  先生のこと変なふうに言わないでよ。 「さてと、それじゃあ、夏の最後の大会に向けて、俺はフィジカル鍛えてくるわ。先生、部活行くんじゃね? そんじゃーな」  さっきまで練習を渋っていたはずのシュウは急にやる気スイッチでも入ったのか、駆け足でトレーニング室へと向かって行ってしまった。 「うん。バイバイ」  違うよ。先生はまだたぶんお仕事中だ。これから教材片付けて、明日配るプリントの確認、生徒の課題の確認、授業の合間に作っておいたプリント原稿の整理。色々やることがあるんだよ。初等科の頃からずっと先生にべったりくっついてたから知ってるんだ。 「……」  ふと、思うときがある。雨で湿気た廊下がなんだかジメジメしてるから、なんだかつられて気分が湿気たのかもしれない。普段は考えないようにしてるんだ。けれど、何かの拍子に、ムクリと起き上がって顔を出す「不安」がさ。 「さてと。俺も練習行かないと」  初等科の頃からずっとべったりだった。先生のことだけを追いかけていた。「先生」って言葉を何度も、きっとも何万回も胸の中で呼んでたくらい、ずっとずっと、くっついて追っかけて。  ウザいかなって。 「あ、渡瀬先輩、こんにちはー」  ウザいならまだマシかもしれない。 「ごめんね、遅くなっちゃった。それじゃあ練習の準備しようか」  気にもしてなかったら寂しいなって。 「雨だから安土のほうに矢を取りに行くの気をつけてね」 「はーい」  こんなにべったりしてるのに、それが気にならないくらい、俺の存在が小さかったら、いてもいなくても同じ位に薄いものだったら、むなしいなって。 「雨……強くなってきたね」  そういう不安がたまにムクリと顔を出すんだ。 「……これは、困った、かな」  雨、こんなに降るって言ってなかったじゃん。 「うーん」  だから、けっこう部員の皆が傘持ってなくて、弓道場の片付けを俺やっとくよって言っちゃったよ。  あんまり好きじゃないんだ。年功序列っていうの。歳とかそういうの、好きじゃない。生まれたのが少し早いだけのことじゃん、なんて思うのはきっと先生が好きだから。 「……渡瀬?」 「……先生」  一つくらいさ、マイナスポイントが減ってもいいじゃんって思うから。性別、間柄、歳、そのうちのひとつくらい。  たくさん頼んだら、神様に消してもらえないかなって。 「どうした?」 「あ……傘、なくて」  歳の差くらい、パパッと消してください。ねぇ、神様――って。

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