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第21話 嘘みたい

 イく瞬間、ずるりと抜けて逃げられちゃった。 「あっ…………ン」  それでも、お腹の上に飛び散ったたくさんの先生の精液が熱くて。息がまだちっとも整ってなくて、乱れた呼吸を繰り返す拍子にお腹の上に飛んだそれが、トロリと脇腹を撫でて伝い落ちた。 「ン……気持ちイ……」  先生の、が、お腹にたくさん。ほら、こんなにたくさん。  たくさんイってくれた、ただそれだけでも嬉しくて気持ちイイ。 「大丈夫か? 今、濡れタオルを持ってきてやるから」 「ん……先生」  嘘みたいに穏やかで優しい先生の声。嘘みたいにじんじんしてる身体の中。まだ、なんか中にあるみたい。奥まで、先生のが。 「先生……」  本当に――。 「先生」 「?」  本当にセックスした、よね?  意識飛びそうになったから慌てて先生にしがみついたんだ。だって、全部覚えておかなくちゃもったいない。先生とセックスできたのに、意識飛ばして、先生がイく瞬間の顔が見れないなんて、絶対に一生後悔する。  なんだか急に不安になって、下腹部のじんじんしてるのも、お尻のとこの熱いのも、たくさん濡れたお腹の上も、夢なんじゃないかって、意識飛ばさないように頑張ったけど、本当はこれが全部丸ごと夢なんじゃないかって思えて、指で掬って確かめた。白い、先生の精液を指でなぞって掻き混ぜて、それから少し身体を起こしてからお尻の孔を撫でて。 「本当に、先生に、してもらったんだ」  柔らかくて、熱かった。先生のがここに入ってた。 「ね、先生、ありっ、……っ、ン」  本当はさ、嬉しくて、まるで数学の成績が良かった時みたいに飛び上がりたい。けど、今はちょっと力が入らなくて無理だから、パッと顔を上げて「ありがとう」って、言おうとした。 「ン……ん」  けど、キスで言えなかった。裸の先生が首を傾げて背中を丸めて、脚を開いたまま座っている俺にキスをしてくれた。舌で中を何度か舐められて、甘い声を上げながら、絡まり合う舌先にうっとりしてしまう。  柔らかいけど、挨拶なんかじゃない、甘い甘いキスに。 「……お仕置きしたはずなんだが?」  キスだけで蕩けちゃう。 「嬉しそうにして、お仕置きされた自覚ないだろ」 「……ぁ」  教室でも職員室でも聞いたことのない低くて甘い声が吐息と混じって唇に触れる。 「……ね、先生」 「……」  先生の肩に爪痕があった。真っ赤で痛そうで、そっと、そーっとその爪痕の自分の手を重ねる。指いっぱいに広げてた。ぎゅうぎゅうに肩に掴まってた。 「肩、痛い?」  ここ……そう呟いて、自分のつけた爪痕を指先でそっと撫でる。ヒリヒリしそう。お風呂沁みそう。 「ごめんなさい。先生」 「……あぁ、別に」  俺の爪痕が先生の身体に残ってるなんて、嘘みたい。信じられる? 俺の痕だよ? 「お風呂、沁みる、かも……直江先生」 「別に、このく……」  先生のキス、気持ちイイんだ。キスされると一瞬で身体がトロトロに柔らかくされる感じ。ゾクゾクするのに熱くてたまらない。そんなのまだできないけれど、いつか、俺のキスに先生が溺れてくれたらいいなぁって。 「っ……ン、直江、先生?」  いいなぁって思いながら、キスをした。手を頬に添えて、首を伸ばして、薄く開いた唇の隙間からほんの少し舌を挿入してみる。 「また、してください……」 「……」 「お仕置き、して」  先生は怒った顔をしてから、目を細めて笑ってた。笑いながら、またキスをしてくれた。 「大好き、直江せんせ、……ン」  先生は答えない。うん、も、ううん、も何も。なぁんにも答えずキスを続ける。言うのを邪魔するみたいに、キスをくれた。甘く舌同士が絡まり合って濡れた音を立てる、やらしいキスをしながら、ショートカットの髪を撫でて、日焼けをちっともしない白い肌に――。 「あっ……ン」  痛いことをした。赤い赤い痕がつくような、痛いことを。 「先生っ」  してもらえた。 「道着、俺が洗って来てやるから」 「へ? なんで?」 「それ、くっつけたままの自宅で洗うわけにいかないだろ?」  それ? 言われて、畳んで道着入れに仕舞おうと思ってたのを広げた。 「……あ」  ダメ、かな。叱れる? かも? 中学の頃の夢精とはわけがちがう、から?  してる最中はくしゃくしゃにして掴んでたからわからなかったけれど、こうして広げるとけっこうすごいね。なんか、ほら、あっちにもこっちにも飛んでる。  赤面しながら腕をいっぱいに広げて、自分の道着を見つめてたら、「ほら」って大きな手がそれを取り上げた。そして、無言で鞄に詰めてしまう。  大きな背中、シャツで見えないところに俺のつけた痕があるんだね。あの背中に俺はついさっきまでしがみついてたんだ。ずっと追いかけて、見つめてたあの背中にさ。ぎゅってしがみついて、それで。 「夏休みなのに悪いな」 「え?」 「プール、数日は行けないぞ」 「あっ!」  先生が笑いながら自分のワイシャツの襟口の辺りをちょんっと突付いて、それで気がついた。きっと、さっきのだ、さっき、キスされたとこがたぶんその辺り。 「さっきまたお仕置きって言っただろ」 「え? こ、これ? これじゃやだよ先生! 俺が言ったのはこれじゃなくて」  夏なのにプールにいけない。そこにキスマークがあるから。なんてそんなのじゃなくて、それも嬉しいけど、そうじゃなくて、俺が欲しいお仕置きは――。 「ほら、送ってやる」 「ちょっ! 先生ってば!」 「廊下は静かに。こんな時間まで弓道部だけ居残りまずいだろうが」  送ってくれるのも。秘密の忍び足も嬉しいけど、そうじゃなくて。 「ね、先生ってばっ! ぅ、わっ!」  先に行ってしまう先生の後を慌てて追いかけようと立ち上がった。床の掃除とか座りながらだったから、できたけど、急に立ったら、膝のとこがカクンって力入らなくて。 「とりあえず……」  先生の大きな手が脇を掴んで支えてくれた。 「明日はゆっくりしてろ。明後日、だな」  明日、ゆっくりしてないとダメなの? ねぇ、先生、過保護じゃない? 明後日は、出かけてもいい? 先生に会いに行ったらダメ? 邪魔? 学校の先生は夏休みも忙しい? 次の部活まで我慢してないと、ダメ? 「海はダメだしな。山にでも行くか」 「……え?」 「まだ車酔いするほうなら、酔い止め飲んどけよ」 「! そ、それって」 「……髪」  先生が静かにって言ってたけれど、心臓のこの音がうるさいのも怒られる? 「ボサボサだ」 「!」  大きな手が、初等科のあの日みたいに撫でてくれた。撫でて笑って、あの日みたいに背中をそっと支えてくれた。

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