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第23話 大きな掌
「山登りかと思ったのか?」
山道を進む車のフロントガラスに木漏れ日の日陰と日向が綺麗な模様を次から次に作っては流れて行く。日差しが強そうだけれど、エアコンの効いた車内だとそれも清清しく見えた。
「だって、先生が山にするかって言ったんじゃん」
「そりゃそうだが、山にしては軽装じゃないか?」
「だってだって、山登りの格好とかガチでするのもどうかと思うし。でも! サンダルはやめてスニーカーにした!」
助手席で膝を抱えて靴を見せると、運転に忙しい先生がちらりと視線をこっちに投げて、口元だけで笑ってみせた。
そういうの、カッコよくてさ、ズルいと思うんだ。大人っぽい。って、大人だけど。
「それに山登りで、その帽子も変だろ」
「だーかーらっ!」
「わかったよ。似合ってるし可愛いよ」
「……そういえば、黙ると思ってるでしょ」
「いや、そう言っても黙らないと思ってる」
口答えしたって、なんだか大人な感じに笑われるだけ。先生には勝てる気がしない。
「お前、学校じゃ静かなのにな」
「学校だけじゃなくて、普段も静かだよ」
「そうか?」
「だって、先生の前だから、だし」
山の中を車がゆらりゆらりと左右に曲がりながらどんどん進んで行く。どんどん、どんどん行くと、さっきまで前も後ろも車がいたのに、少しずつ道が逸れていって、今は先生の運転するこの車だけが曲がりくねった道を走ってた。
「はしゃいでるだけ」
「……」
「デ、デート、に」
知らない。先生がどう思ってるかは知らない。でも俺はそう思ったから、そうしてる。キスして二人っきりで車で山へ。デートじゃん。デートコースじゃん。可愛いって言われたし、今ダメだしされた帽子も似合ってるって言われたし、だからいいの。これはデート、そういうことにしとく。
先生にとっては違ってたとしても。
「まぁ、教師と生徒だからな」
「……」
否定、しないの? デート、ってとこ、否定しなくていいの?
「訊けばいいだろ? 連絡先、教えただろうが」
聞いたよ。たしかにこの前、帰り間際にさ。
――これ、俺の番号だ。
――……え? いいの?
――出かけるのに連絡先知ってないと困るだろ。
あの時は嬉しかったけどさ。わかんないじゃん。気軽に連絡していいの? だって、先生にはさ。
「ね、先生、あの理事」
「車酔いは平気か?」
「……」
「吐きそうだったら言えよ」
やっぱり、先生は大人だ。訊きたい肝心なとこははぐらかして教えてくれない。それなのに、連絡先は教えただろ? なんて、いくらでも連絡することを許してくれそうなことを言うんだ。
おやすみなさい、おはよう、何してるの? そんな他愛のないことも連絡しちゃいたいくらい好きなのに、きっとそれはしちゃいけないんでしょ? しようとすれば、上手にはぐらかして、捕まえようとする手から逃げてしまうに決ってる。
先生は逃亡が上手なとても悪い大人だ。
お、大人って思ったけど、でも、これって、大人すぎ、じゃない?
「せ、せっ……」
「葎、こっち」
大人のデートってこういうのなの? 何ここ。すごい旅館だけど。
デイユースっていうんだって。夏だから、山はオフシーズンで宿泊だけじゃなく、日中、部屋を個室レストランみたいに使っていいんだって。
窓の外には木漏れ日がキラキラ輝く木々と大きな岩がゴロゴロ転がる川。少し行ったところで魚釣りもできるって、さっき旅館の人が先生に話してた。
「ね、先生」
さっきは慌てて、先生って、その旅館の人がいるうちに言っちゃいそうになったけど、今はいないからもう大丈夫。
「こ、ここ、高くないっ?」
「……」
窓際にベタッとくっ付いて、外を見て、ほら、よくある旅行番組みたいな景色に驚いた口を開けたまま。
「あのな、お前ね」
そんな俺に先生は笑って、窓際に少し重なるようにぴたりと身体を寄せてくれる。背中に先生の体温がじんわり移って、ドキドキする。
「だ、だって、こんなとこ」
「誰かとデートの時、そんなこと言うなよ?」
本当は、先生は悪い大人じゃないよ。優しくて、勉強だって上手に教えてくれて、吐きそうなほど体調の悪い、知らない子どもを大事に介抱してくれる。口の中に手を入れて、汚くなるのも構わず背中をそっとさすってくれる、良い先生。
悪い大人じゃないけれど、でも、とてもズルい人。
「女の子とデートする時とかな」
なんで、そんなこと言うの。
「しない」
「……」
「女の子とデートしたいなんて、一度だって思ったことない。俺はっ、先生のことしか好きじゃないっ」
すぐに逃げてしまうズルい大人。
すぐ逃げるくせに、すぐにでも捕まえられそうなところにいるんだ。だから余計にズルい。今だって、振り向いたら抱き締めてもらってるのとほとんど代わらない距離にいるんだ。そして。
「先生だけが、好……ン、ん」
スキっていうと。
「せんせ……、ン、っん、くっ……ン」
キスをくれる。
「せっ……ン、ぁ、んくっ、好きっ」
好きの返事はしてくれないけれど。抱きすくめて、こうして深いキスをくれる。
「ン、あっふっ……」
キスはくれるズルい大人。でも、とても優しい人。
「先生にね、初めて会った時、口の中、こうしてくれたでしょ?」
今、キスしてくれた唇に指先で触れて、少しだけ、挿れさせてもらった。口の中に。
「俺、あの時からずっと先生のこと好きだった」
「……」
「振り向いて欲しくて追いかけて、構って欲しくて職員室に入り浸って、先生、先生ってずっとずっと。その時からずっと大好き」
「……」
「だから、デートだってずっと先生としたかった。デートもキスも、全部、したかったのは先生だけ」
あの日からずっと。
「先生だけが、大好き」
こうして、キスしたかった。ね、好きって言ったら、キス、してもいいでしょ?
「ン、あっ……ふっン……ン」
抱き締められて、ガラス窓の向こうが夏の日差しにキラキラって葉っぱが照らされてる中、自分からも先生の首にしがみ付いて、舌を入れた。入れて、絡み付いて、吸い付いて、蝉の音がしそうな外とは違う、甘い蜜でも掻き混ぜてるみたいな音を立ててる。
やらしい音をさせながらキスをしてる。
「あっン……んっ!」
立ったまま、白いオーバーサイズのシャツの中に下から潜り込んできた手にズボンと下着を脱がされて、そのまま。
「あっ! ン、せんせっ、せんせいっ」
そのままペニスを扱かれた。
「あっンっぁ、……っ、直江、せんせっ」
先生の大きな手が俺のペニスをぎゅって握って。先端を包み込まれて、掌で丸みのあるそこを万遍なく撫でられるの、たまらない。
大好きな先生に、俺のを、されてるなんて。
「んんんっ」
ぬちゅくちゅ音がし始めたのは、キスじゃなくて、先生に手でしてもらって感じてるから。先生の掌を濡らしちゃったから。
「あ、あっ、先生っ」
何度も呼びながら、しがみ付いて、甘い声で啼いて。先生の掌がくれる刺激に夢中になって。
「ずっと、先生だけ」
大好きなのって、全身で伝えたくて、額を先生の肩に擦り付けた。
「ホント、だよ?」
何回も、それこそ数え切れないくらいに妄想したんだ。
「好きっ、直江、せんせっ」
先生にこうしてイかせてもらうとこを何回も想像しては自分の両手を使って、射精した。
「あ、あ、あっんんんんんんっ」
先生の大きな掌を真似て、両手で握って、いつもそうしてオナニーしてた。
「先生にね、してもらうの想像してたんだ。ずっと、ぁっ、あっ」
「……」
「大好き、先生」
そう言ったら、キスをしてもらえるから、口を開けて、齧り付きながら、その手の中で、妄想よりもずっと気持ちイイ先生の手の中で、射精した。
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