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第27話 甘い甘い飴玉

 先生は大人だから、キスマークを、印付ける場所をちゃんと道着やこの前の白いシャツの襟とかで隠れる場所にしてくれる。 「せんせー、なんか首んとこ赤いです」  でも、ごめんなさい。俺、場所とかよくわかんなくて、一生懸命にしがみ付いちゃった。 「あぁ、そうか?」 「はい。赤いですー」  ごめんね、先生。  部活の途中、休憩時間に聞こえてきたそんな会話に耳をそばだてる。視界の端っこで先生のことを捉えながら、その「赤いの」をつけちゃった犯人の俺は顔が赤くなっちゃいそうで、思わず俯いてしまう。 「渡瀬、ちょっといいか? あのさ」 「? うん」  顔を上げたら、副部長の市川(いちかわ)がいた。同じ三年生。けど、同じ歳とは思えないくらいにガタイがよくて、行射の迫力はものすごい。弓の走る音も全然違うし、的を射た時の衝撃音も違ってる。 「渡瀬?」 「あ、うん。ごめん。えっと」  すごい見ちゃった。 「なんだっけ」 「あれ、夏休みの終わりくらいに皆でさ」 「あー、うん」  ここまでは成長したくないなぁって。  っていうか、今ここで俺の成長はもう止まっちゃえばいいなんて、思ったりもして。 「バーベキューなんかどうだろうと思って」 「うん。いいんじゃない?」  そしたら、あの人に抱きかかえてもらえるし、セックスだって、きっとそう抱き心地悪く  ないでしょ? 腕の中にすっぽり入れる。この前のデートの時みたいに。 「道具とか借りられるところあるもんね。けっこう屋外バーベキュー場とかあるよね。あ、でも、川のほうが涼しくていいかも、どっちがいい? ……市川?」 「……! ぁ、ごめんっ、なんだっけ」 「? バーベキューのこと、でしょ?」  うんうんそうそう、って慌てて、市川が口を真一文字に結んで難しい顔をした。  そう難しい選択でもない気がするんだけど。川辺でも道具貸してくれるようなとこもあるだろうし、大きなグラウンドとかがある山沿いのキャンプ場とかだって。  花火とかもできて水道完備とかのほうがいいよね。 「あ、シュウに訊いてみようか。たぶん、シュウはそういうの詳しいと思う」  シュウは小さい頃からサッカーを地域でもやってたし、アクティブなことするの好きだから。俺はどっちかといえばインドア派で。だから、たまに、タイプ全然違うのによく長く一緒にいられるよなぁって二人して話したりするくらい。 「渡瀬、ちょっといいか」  その声に、返事よりも先に鼓動が答える。 「は、はい」  ちょっと、声、詰まっちゃった。だって急に呼ぶんだもん。 「じゃあ、シュウに連絡して訊いてみるね」 「お、おー……」  顔、赤くないかな。先生と、普通に、前みたいに話せるかな。 「はい、なんですか? 先生」  ちゃんと部長として話せてる? ねぇ、先生。 「先生?」 「……ぁ、あー、悪い、差し入れを買ってこようかと思ったんだが、何人分だ?」 「? 今日の参加部員は欠席ゼロなので三十二人です」  そう、朝、部活が始まる前に知らせたけど、忘れちゃった? 「わかった」 「? はい」 「……」 「! あ、ごめんなさい。俺、買ってきます」  そっか。そうだ。顧問の先生がここを離れちゃってる間に何かあったらダメだもんね。怪我がさ、他の運動部に比べると小さなミス一つで本当に大事故になりかねない。弓の威力は冗談になんてならないから。もしも的場に人がいたのに気がつかず、誰かが行射をしてしまったら、とか。部活参加も中等科から。その中等科だって、練習に参加できるようになるまでかなり時間をかけてる。  だから、差し入れ、買いに行くなら誰か部員がいかないと、でしょ?  けど、こういうの下の子がいけばいいって言うの好きじゃないからさ。 「市川、ちょっと離れるからお願い」 「おー」  代金は、あとで先生に請求すればいいか。うん。そしたら居残る理由もできるじゃん。お金、レシートじゃダメかな。請求書? 請求書だったらお店に言えば平気? 「渡瀬!」 「……先生」 「バカ、お前、金持ってないだろ」 「……あとで請求しようかと。だから大丈夫。練習戻っててください」  じゃないと居残る理由がなくなっちゃう。 「……バカ」  んー、二回も言った。バカって。バカじゃない。ちゃんと居残ることを計算して動いてるもん。  無言で怒った顔を見せたら、大きな手が俺の髪をくしゃくしゃにした。 「ったく、色気、出しすぎだ」 「? 先生?」 「なんでもない」  先生、一緒に行ってくれるのかな。でも、外暑いよ? それに部活の付き添いも。 「あの」 「小さなことだ」 「?」  色気なんてないよ。大人じゃないし、子どもで、男だし。小さなことって? 「あ、あの……」 「葎、ほら、熱中症になるぞ。そんな真っ白な肌して、日差し苦手だろ」 「……」  練習参加部員は三十二名、そうすでに朝伝えてた。それをわざわざ訊いて、差し入れのことをいうけれど、買いに行こうとしたら来てくれるし、来てはくれたけれど、俺を帰らせるとかでもなく、一緒に。 「ねぇ、先生、なんで、一緒に行ってくれるの?」 「……重い、だろうが」  色気なんてないってば。 「なんかね、バーベキューを夏休みの終わりにしたいんだって」 「……へぇ」 「その話をしてたの。市川と」 「……へぇ」 「今」 「……」  だから、別に。 「……なんだ。笑って」 「だって」 「……」 「だって、なんか嬉しいんだもん」  先生も、暑い? 学校の授業じゃないからTシャツにパンツスタイルだけれど、それでも暑い? ねぇ、ねぇ、顔が真っ赤だよ。すごくすごく、真っ赤だよ。  買い出しを手伝ったご褒美だって。 「ン、せんせ」  先生がくれたのは塩混じりの熱中症予防の飴玉。それをべって伸ばした舌に乗っけてもらった。飴玉を舌でもらって、舌で受け取った。 「んっ……ん、直江、先生」  塩混じりなのに、くれた飴はとてもとっても甘くて、舌が熱いから? それとも絡まり合うお互いの唾液のせい? あっという間に溶けて、舌先に沁み込んで、喉奥まで潤してくれた。

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