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第28話 先生不足
ガヤガヤしたファミレス、夏休み中の高校生とか家族とか子どもを連れたお母さんたちで賑わってる中、じっと静かに見つめられて、なんか、怖いんだけど。
「…………なんか、良いこと、あったろ」
そんな途切れ途切れで言われると威圧感すごいんだけど。
「シュウ、怖い」
バーベキューのことを相談したら、今日暇だから会おうって話になった。
「だって! なんか! お前、デレてんぞ!」
「あーあはは」
少し、また日焼けした? 最近日差しきついもんね。サッカー部は屋外での練習だから、数日で丸焦げになれる。俺だったら、赤くなって終わり。本当に地下で育ったウドみたいに白いから。
そんなことをつらつらと話して話題をすり替えようとした。
言えないでしょ?
先生とキスして、セックスしたんだなんてこと。けれど、好きだと言われたわけじゃないんだ、なんてことも。
きっと、これはとてもいけないことなんだろう。行為だけを見たらとても間違ってるんだろう。でも、先生のしてくれるキスはすごく優しい。してくれるセックスは、すごく気持ち良くて、あったかい。だから、俺は――。
「まぁ、いいや」
「シュウ?」
「話逸らすし、なんも話さないっつうか、話せないっぽいけど」
だから、俺は、今すごく。
「幸せそうだから、まぁ、いいや」
「……シュウ」
「そんで? バーベキューだっけ?」
「あ、うん」
「ここよかったぜ。ちょっと待ってて。今、サイト出す」
真っ黒に日焼けしたシュウの指が器用にスマホの画面をトントンってタップする。
ニコッと笑っくれた。ちょっとだけ溜め息も混じってたのが、なんだかとてもありがたかった。シュウはわかってるんだって。
一番の幼馴染。
誰にも、友だちにも誰にも絶対に言えないし、言わない、でも最近の俺にあったすごく嬉しい出来事をシュウだけは共有してくれた。
「ありがと。シュウ」
「……おー」
なんかすごく嬉しかった。
「バーべキューセット、の、どっちコースがいい、かな? と」
シュウに教えてもらったサイトのことを副部長の市川に伝えるメッセージを書きながら、先生にもこの詳細を伝えるっていう名目で連絡してみようかなぁ、なんて、思ってみたりして。
でも、たぶん、先生は忙しいよね。
一日先生のこと独り占めしたじゃん。あんなすごいとこ連れて行ってもらって、そのすぐ後に弓道の練習でも会えたのに、もう先生に会いたいなんて我儘だ。贅沢すぎ。
連絡していいって言ってたよ?
違うでしょー。あれは、わからないことがあったらって意味じゃん。用事があるならってことなんだから、本当に「何してるの?」なんてこと訊いたらダメでしょー。
でもさ、急がしかったらスマホ見ないかもよ? それなら邪魔にならない。
返事がなければないで。
……いや、ちょっと返事ないの寂しいかも。返事来るまでずっと画面見ちゃうかも。
「次の練習いつだっけ」
次の練習は明々後日。今日と明日、それとプラスもう一日を我慢すればいいだけ。
弓道の顧問としての仕事しか用事がないわけない。大人なんだから、色々あるでしょ。夏休みの出だしが贅沢だったせいで、なんか贅沢仕様になっちゃった。
「早く、明々後日にならないかな……」
いつも、そう思ってた。中等からずっと続けてる弓道部。まだ好きだと自覚する前でも、指折り数えて練習を待ってたんだ。だって、先生は夏休み中のほうがラフな格好してるし、それにね。それに、道着になること多いんだもん。道着姿が見たくて、いつだって練習を待ち焦がれてた。
――うん。良さそうだ。そしたら、安いほうがいいんじゃないか? 持込もできそうだし。
「……」
返事は市川から。バーベキューのプランを決めて予約をしないと団体で夏休みなんてあっという間に埋まってしまいそうだから。
我慢、がんばらないと。会いたいけどさ。
――じゃあ、次の練習の時に顧問の直江先生にも提案してみよう。
会いたい。
だから、市川には俺から先生へ伝えるって断固譲らない決意で返事をした。
「俺が、いっておく、よ……と」
すごくすごく会いたいから。
すごく、会いたいって思ってたのに。
嘘でしょって叫びたい。なんで、篭もってんの? 数学準備室にっ! すごいすごく楽しみにしてたのに。先生を見かけたけど、なんか急がしそうだったし、二年の女子がにめちゃくちゃ絡まれてて捕まってて、個別指導もあんまりしてくれないし。
と、思ってたら、数学準備室に用事があるからって篭もっちゃうしー!
「渡瀬部長―!」
「……」
「ぶちょー?」
「!」
すごい怖い顔しちゃってた? 後輩が返事をしない俺を覗き込んで目を丸くしてた。
「あ、あの、OBの方がいらっしゃってます」
「え?」
「よぉ」
少し、びっくりした。OBの方っていうから、てっきり去年卒業した先輩だと思ってた。小中高の一貫校。もちろんその先には大学があるのだけれど、全員がそのままその大学に行くわけじゃない。学力が追いつけなければやっぱり大学には進めないし、途中でやりたいことが見つかったと別の道に進む人もいる。ここで見につけた学力を武器にもっとすごいところへと進む人もいる。
そんな大学一年生になった先輩かと思ったら。
「お、お久しぶりです!」
「おー、すごいな。渡瀬が部長なんだなぁ。お前、弓道好きだったもんなぁ」
俺が中等科の一年の時の先輩だった。
中等の一年の時、早く先輩たち帰らないかなぁって思ったりしてごめんなさい。
――なぁ、渡瀬、これ差し入れー。そんで少し射てもいい?
どうぞどうぞ、たんと満喫してください。
――うわぁ、なまってんなぁ。
そんなことないですよー。大学院に行ってるんだから、そりゃ勉学で忙しいと思いますもん。なまってても致し方ないことかと。
――差し入れ、アイスだかんなぁ。早く食べないと溶けちゃうぞー。
うちの学校の大学のそのまた先、大学院生なんだって。だからここの先生たちも鼻高々。職員室の冷蔵庫もどうぞどうぞ私物保冷してください状態で。
「先生!」
――じゃあ、顧問の分と、お前も後で食うの? アイス、冷蔵庫に入れておいてやるよ。職員室のとこにあっから。
「はい! さっき、OBの方にいただいた、アイスです!」
「……」
「先生!」
先輩が買ってきてくれたんだ。差し入れのアイスだって。今日はまた暑いから、少しでもひんやりしたいだろうと持ってきてくれたの。でも、先生は数学準備室に篭もってて、俺はちょっとバーべキューのこと決めないといけないし、かといって市川みたいにあっという間に平らげるのは難しいから、後でいただきます、にした。
「溶けちゃうから!」
後で、先生のところに持って行くついでにいただきますって、した。
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