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クリスマス編 1 赤い膝小僧

 いつもサンタさんには玩具をお願いしてた。  今年はね。  ちょっとね。 「サンタなんているわけないじゃーん」  同じクラスで、一番ドッヂボールが強くて、サッカーも得意で跳び箱八段の上でただ一人だけ前転ができる子。  でも、だからってさ。 「いるもんっ」 「いないっつうの。本当に夜サンタがプレゼントを持ってきてくれるっつうんなら、不法侵入だっつうの。世界中にプレゼント届けられるわけねぇじゃん。バッカじゃねぇのぉ?」 「いるってば!」 「いないいないいなーい、いるわけねぇ。世界中にプレゼント届けられるって、ありえねぇ。信じてるお前もありえねぇ」 「うるさい!」 「はいはいはいはい。うるさいですよー! 泣け泣け」 「泣いてない!」  だからって、こんなふうに言うのなんて。 「大嫌いだ!」 「せんせー、葎、連れてきましたぁ」  初等科から階段を上って、廊下を右へ、突き当たりで別棟に入って、そこの階段を上って一番上の、右から二番目。  そこにある数学準備室。 「……お前ねぇ、擦りむいたら、普通は保健室だろうが」 「だって、血出てないから保健室行ってもって思ってぇ、葎が泣き止むためにはここに連れて来るのが一番だって思ってぇ」 「……まったく」  シュウ君はそこで、手を離して、今日は掃除当番の窓締め係りだからって、教室へと戻っていった。僕の当番もやっておいてやるからって、途中振り向いて手を振ってくれていた 「……泣かされたのか?」  ううん。泣いてないもん。そう首を横にブンブンって振って答えた。 「じゃあ、何で泣いてる」  これは泣かされたんじゃないもん。 「泣いたのはあっちだもん」 「お前が泣かしたのか?」  うん。そんなつもりはなかったけど。 「大嫌いって言ったらあっちが急に泣いただけだもん」 「……」 「……今、出てるこれは、鼻水だもん」 「……すごいところから鼻水が出るのな、お前は」 「うん。そう」  嘘は大嫌い。今、嘘ついちゃったけど。本当は鼻水なんかじゃない。泣いたせいで目から涙が出ただけ。 「ほら、来い。絆創膏貼ってやるから」 「ん」 「……まったく。見てたぞ」  そっか。ここから僕のいる教室って見えるんだっけ。先生、見ててくれたんだ。  先生が立ち上がると、その今まで先生が座っていた椅子に座るよう手招きされる。大きな椅子。僕なんかには大きすぎて、座り心地はへんてこなくらい。広さも、高さも、何もかもが大きすぎてさ。  ドキドキしちゃう。  先生ってこんなに大きいのかぁって、びっくりしちゃうんだ。 「血は出てないが、これは痣になるかもな」 「うん」  上履きを脱いで、先生の椅子の上というよりも椅子の中で、膝を抱えた。膝小僧のとこ、真っ赤になってる。  大嫌いって言ったら、急に泣きだして、走ってどこかに言っちゃおうとするから、謝ってもらおうと思っただけだもん。そしたら躓いて、教室でごちんって転んだだけだもん。 「……なんで、喧嘩なんてしたんだ?」 「喧嘩じゃないもんっ、ただっ」 「ただ?」  謝ってもらおうとしただけだもん。 「…………絆創膏貼って欲しい」 「……」 「です」  まったくって溜め息混じりに呟きながら、先生がベージュ色をした絆創膏を真っ赤な膝小僧の中でも一番赤くなっているてっぺんのところに貼り付けてくれた。  ゴン!  って、打っちゃったからまっかっか。外とかだったら擦りむいてただろうけど、教室の床だったから、血は出てないけど。でも、先生に絆創膏貼ってもらえたら嬉しいなぁって思って。 「それで? 喧嘩じゃないなら、どうしたんだ?」 「……ただ」 「ただ?」  ただ。 「サンタクロースはいないって、言うんだもん」 「……」 「欲しいものがあるんだって言ったら、親に頼めよって笑うんだもん」  サンタクロースいるもん。  いつもは玩具だけれど、今年はどうしてもどうしても欲しいものがあってね。 「いるもん」  サンタクロースじゃないと叶えられないもの。 「ね? 先生」  先生とね、遊びに行きたいなぁって思ったの。科学館、先生がそこは面白いぞって話してくれたでしょう? 行ってみたいの。先生と一緒に。  でも、サンタクロースでも無理かもしれない。だって、先生の椅子はとても大きいから、こんなに大きい大人の男の人はさすがに、サンタのあの大きな袋でも入れられないかもしれない。 「っ」  運んでくれないかもしれないって思ったら、また――。 「泣くな」 「鼻水だもんっ」  悲しくて。 「鼻水……」 「? 葎」  泣いてないと先生に涙を「鼻水」って言ったことがあったっけ。  サンタクロースがいないと言われて悲しくて、貴方が欲しいと思ったのにそれは叶わないのかもしれないとわかったら悲しくて、けれどもどちらも認めたくなくて、泣いてないって言い張ったことを思い出した。 「小四の冬にね、俺、クラスメイトの男の子を泣かしちゃったの」 「……」 「体育がすごくて、強くて、ちょっと意地悪な子だった。あんまり好きじゃなくて、でも、あの時大嫌いって言ったら、泣かしちゃって」 「あぁ」  膝をゴチンと打ちつけてしまった。擦りむいてないけれど真っ赤になった膝小僧をこれ見よがしに差し出して、先生に手当てをねだった。  大きな椅子は、先生が大人の男の人だって教えてくれた。そして、自分がまだまだ小さな子どもだというのも教えてくれるから、悲しくて。 「覚えてる」 「ホント? 先生」 「あぁ、覚えてるよ。ちょっとだけ」 「?」 「イラってしたからな」 「え? なんっ、ぁっン」  先生が笑って、少し色づいた俺の剥き出しの膝小僧にキスをした。そっと触れただけなのに、その唇から電流が流れるみたいにビリビリしたものが身体を駆け巡って、早く先生とセックスがしたいと身体の奥に熱が滲んだ。

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